知っとっけ?ブログ 芸術

【超芸術】大トマソン展に行ってきました!

先日、新宿眼鏡画廊で開催されている大トマソン展に行ってまいりました。

新宿駅東口から区役所通りとゴールデン街の間を走る緑豊かな「四季の道」を抜けるとほどなく右手に目当ての建物が見つかります。歩くこと15分ほど、晩秋の涼しい風に吹かれながらちょっとした散歩の感覚で現地まで行き着きました。

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大きな美術館の「大○○展」と比べるとそれはささやかなものでしたが、小さなギャラリーには途切れることなく人の往来があり、未だに根強い「トマソン人気」を感じることができました。

超芸術トマソンとは?


「トマソン」と聞いて多くの人は「何じゃそれは?」というのが正直な印象かも知れません。知っている人間でさえも「トマソン」の由来を説明するのにはやや時間を要します。なぜなら「トマソン」はもはや抽象概念の領域まで達しているからです。

トマソンは、1981年~82年にかけて読売巨人軍に在籍したゲーリー・トマソン選手を由来としています。
トマソン選手はポストON時代を担う主砲として獲得したワールドシリーズ制覇をも経験した現役バリバリのメジャーリーガー、長身で端正なマスクで来日当初から絶大な人気を博したのだそうです。

今でこそイチロー選手やダルビッシュ投手などメジャーリーグで活躍する日本人選手は珍しくはなくなりましたが、当時はメジャーリーグなど雲の上の存在。シーズンオフの日米野球では圧倒的なスピードとパワーに日本人選手は歯が立たず、何とか一矢報いるのが精いっぱいの時代でした。

しかしながら今も昔も現役バリバリのメジャーリーガーが日本で活躍できるかどうかは別問題。かつてヤクルトに在籍したボブ・ホーナー選手が「地球の裏側にもう一つのベースボールがあった」と言っていたように、野球という同じスポーツであっても戦い方が全く異なるのです。
ですから、日本の野球を見下し、出稼ぎ感覚で来日してメジャー流のやり方に固執した選手は悉く夢破れて去って行きました。

トマソン選手も例に漏れずそんな選手の一人でした。
トマソン選手のバットは悉く空を切り、それは人間扇風機と揶揄され、スポーツ紙では「トマ損」という見出しが躍りました。そして2年目はシーズン序盤に痛めた脚を治療するとアメリカに帰国したまま再び日本に戻ることはありませんでした。

言わば日本で鳴かず飛ばずだった現役メジャーリーガーの走りのような選手ですが、トマソン選手が突出していたのは絶大な人気と、我慢強く使われ続けたことにありました。

そこに「使えないけれども愛されている」として、街中の同様な物件が「トマソン」と名付けられたのです。
とそんな感じで80年代は「超芸術トマソン」として社会現象にまでなりましたが、30年を過ぎた今も細々と生き残っているわけです。

トマソン選手もまさかこんな形で日本に名を残すとは考えもしなかったでしょう。
今回の「大トマソン展」はそんな街中のトマソンの展覧会だったのです。

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純粋階段、無用門などオモシロ物件がいっぱい


小さな画廊にはトマソン物件の写真が所狭しと展示されていました。階段でありながら階段としての機能を果たしていない「純粋階段」、門でありながらセメントで埋められ門としての機能を果たしていない「無用門」など、トマソンを知る人には思わずニヤリとしてしまう作品ばかり。
入口のスペースにはこれまでのデータがプロファイルされており、今はきっと存在しないだろう懐かしい物件の数々を堪能することができました。



大トマソン展

■場所 新宿眼鏡画廊
■会期 11月1日(金)11月13日(水)
 1220時 *木曜休廊/水曜日は17時まで


会期は残りわずか、マニアックではありますが文庫版の書籍も出ていますので、ご興味の湧いた方はちょっと覗いていただいただけでも十分楽しんでいただけると思います。







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ミュージカル「カルテット!」at 東京グローブ座

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先日(4月21日)、ミュージカル「カルテット!」の千秋楽の舞台を観てきました。私にとってミュージカルは昨年暮れのア・ソング・フォー・ユーに続き二度目です。前回の観劇では、役者さんの演じる姿を初めて目の当たりにしスクリーンやテレビ画面では味わえない迫力を感じることができました。
舞台となると、同じ演目を一定期間演じるわけですから、その日や演じる時間によって役者さんの演じ方やテンションも微妙に変わってくると思います。それがミュージカルのファンにはたまらず、リピーターとなって何度も足を運ぶ理由となっているのだと思います。これまで観た二度のミュージカルは真ん中前の方に陣取っている人たちは明らかに笑いや感動を味わうタイミングを心得ているのは彼らがリピーターである証拠だと思います。

そんなことを思いながらも、私はミュージカル初心者。何の先入観も持たず、役者さんの生の姿、生の声を聴いて純粋に感動を味わおうと思い、会場である東京グローブ座に足を運びました。
東京グローブ座は近年「韓流」ブームに乗じて一気にコリアンタウンと化した新大久保の駅から歩いて5分ほどの場所にあります。名前はシェイクスピアが活躍したイギリス・ロンドンのグローブ座を模した円形劇場を模したのが由来だとか。とにかく、役者さんが米粒ほどになってしまうほどの大劇場ではないけれども、決して小さいわけでもない。役者さんの息遣いが聞こえる丁度良い大きさです。現在はジャニーズ事務所の参加の会社が運営しているのでジャニーズ関連の公演も多いのだそうです。

4月21日 カルテット! 於:東京グローブ座



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公式サイトによるとストーリーは下記の通り。舞台は東京のベッドタウン。東京ディズニーランドがあることで有名、かつ東日本大震災では液状化による甚大な被害を受けた千葉県浦安市です。


主人公 永江 開は、小さな頃からバイオリンを習っていて、努力家であり、才能もある将来有望な中学2年生の男の子。主人公の家族は、みなそれぞれ楽器の弾ける音楽一家。

主人公の父、直樹は、20年勤務していた会社からリストラされてしまい、現在は家事を手伝いながら、職を探している。母親のひろみは、そんな夫のリストラや思春期の子を持つ子育ての疲れから、離婚を考えている。

姉の美咲は、茶髪に短いスカートという今時の高校2年生。

少しずつバラバラになり、喧嘩が絶えなくなってきた家族に、このまま家庭崩壊してしまうのでは?と不安を募らせた開は、「家族でカルテットを」と家族演奏会を提案する。

崩壊寸前の家族が、音楽を通して家族の絆を取り戻していく物語。


年明けに公開された映画版のカルテット!は撮影の大部分を浦安市で行い、浦安市の方々の復興の願いが込められた作品だったのだそうです。長女の美咲を演じた剛力彩芽さんは、今ではテレビで観ない日はないほどの売れっ子女優さんですね。

主人公の永江開を演じたのは若手俳優の法月康平さん、姉の美咲を演じたのはミュージシャンで最近は女優としても活躍しているキタキマユさん。彼女は私と同郷なのですが、確か地元に「きたき」という豚カツ屋さんあるのですが関係あるのかな…。そして父直樹を演じるのは榎木孝明さん、母ひろみを案じるのは秋本奈緒美さん、お二人ともテレビドラマや映画ではお馴染みの演技力抜群の役者さんです。

「カルテット!」は音楽を通じて家族が絆を取り戻していく物語。家族で「カルテット」としてコンサートを作り上げていくわけですから楽器の演奏は欠かせません。テレビや映画のように吹き替えが利くわけではありませんし、いくら力のある役者さんと言えども楽器の演奏は稽古でどうこうなるわけではありません。
これを解決したのは、楽器を演奏する部分はプロの演奏家が吹きかえるというダブルキャストという斬新な手法を用いたことでした。

主人公の開を對馬哲男さん(バイオリン)が、美咲を三浦茜さん(フルート)、ひろみを井上雅代さん(チェロ)、直樹を中島剛さん(ピアノ)がそれぞれ演じ美しい音色を奏でていました。4人が奏でる音色は、初期は家族の関係を反映しているかのように不協和音が鳴り響き、次第に調和が取れていくさまが表現されていました。

秋本奈緒美さんは、私の中では「凛としている」女優さんだと認識しています。最近は、天海祐希さんや江角マキコさんのように「凛としている」系の女優さんも活躍していますが、二人が出てくる以前は秋本奈緒美さんが際立っていたように記憶しています。もちろん舞台でもその印象は変わらず、言葉は悪いかも知れませんが眉間に皺がよりそうな役回りを演じたら右に出るものはいないほどの演技力を堪能させてもらいました。

あと、舞台を盛り上げていたのは、開が演奏しているクラブのオーナー役を演じた芸人エハラマサヒロさん演技でした。台本にあるのかアドリブなのかは分かりませんが場内を爆笑の渦に包むセリフはさすがコメディアン。舞台袖で待機する榎木孝明さんも思わず口を押さえてしまうほどの面白さ、テレビで拝見している以上にエハラさんのマルチな才能を垣間見ることができました。

最後に、紆余曲折を経てようやく家族のカルテットが実現し終幕すると場内は割れんばかりの拍手とスタンディングオベーション。舞台は、役者さんの演技力は勿論、観客も一体となって作られているいくのだと実感させられた瞬間でした。

私は元々舞台や映画、観光地云々…「どうせテレビで観れるじゃん」という類の人間でしたがここ最近は「百聞は一見に如かず」を痛感しています。やっぱり実際に足を運んで生で観るからこそ味わえる感動があるのですね。





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初めての落語の楽しみ方~rakugo オルタナティブ vol.12「うそばなし」~

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一流に触れること、一流を知ること


何事においても、「一流に触れること、一流を知ること」によって学べることは大きいと思います。一流の技に触れ、「ああ凄い」と感じること、「ああなりたい」夢見ること、「少しでも近付きたい」と決意すること、加えて「叶わないや」と諦めることでさえ、「一流に触れた、一流を知ったこと」の十分な成果だと思います。
私にとって、一流に触れる機会はこれまでは年に数回のプロ野球観戦だったと思います。プロ野球は投手と打者の駆け引きやベンチワークなどはテレビで観戦した方が遥かに楽しめますが、日本国内に25万人とも言われる野球人口の頂点に立つプロ野球選手のプレイの凄さは、やはり球場でないと味わえません。
これでも学生時代は野球に明け暮れた人間ですので、プロのレベルで通用する選手がどれほどのものかは理解しているつもりです。それでも球場に足を運べば、異次元のスピード、異次元の技、そして計算しつくされた守備陣形などを観ては毎回驚かされています。

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もちろん、これから私がどんなに頑張ったところでプロ野球の世界に手が届くわけではありませんが、並々ならぬ才能に、並々ならぬ努力を積み重ねた選手たちの一挙手一投足に、「俺も頑張らねば」という勇気と力を貰うことができるのです。

昭和最後の名横綱である千代の富士関(現:九重親方)が現役時代に、「プロとは何か?」という問いに「プロとは言い訳をしないこと」と答えた有名なエピソードがありますが、この「言い訳をしない」という一言に、一流の厳しさと精神態度が集約されていると思えてなりません。

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私自身の人生を振り返ると、こういった機会がことさらスポーツ分野に集中しており、芸術と言った類のものは、食わず嫌いといいますが、何となく敬遠してきたように思えます。
しかしながら、「人生何かを始めるのに遅すぎることはない」という格言を信じ、昨年末には、初めてミュージカル、川平慈英さん、春野寿美礼さん主演のア・ソング・フォー・ユーを観劇し、これまでにない感動を経験することができました。
もちろん私は超初心者で、素人中の素人です。芸術に関して語れるレベルではありませんし、ましては薀蓄を垂れるなど滅相もありませんが、ただ純粋に感動し、楽しめる土壌はできたのかな?と我ながら思っています。
そこで、今回は「落語」を初めて生で観てきました。


2012.01.14 rakugo オルタナティブ vol.12 「うそばなし」 於:草月ホール


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落語と言えば、日本の古典芸能。私の中ではせいぜい笑点くらいでしかその世界観に触れることはなく、浅草に足を運んだ際も「浅草演芸ホール」は何だかハードルが高いような気がしていました。

その点rakugo オルタナティブは、「コアファンからビギナーまでが誰でも楽しめる、従来の発想にとらわれない落語会」をコンセプトとしているので私のような初心者でもとっかかりやすいかな、という思いもありました。
今回はその12回目で、「うそ」が重要なキーワードになっている古典の数々を集めた落語アンソロジーです。

草月ホールは、このシリーズで会場として使用されていますが、寄席ではなく500名強を収容できる通常のホールです。ですので、普段着姿で来場し普通に席に座って落語を楽しむことができました。


夜の部 演目

開口一番   立川らく兵さん
「徳ちゃん」 桃月庵白酒師匠
「付き馬」  桃月庵白酒師匠

中入り

「犬の災難」 宅間孝行さん
「紙入れ」  古今亭菊之丞師匠
「品川心中」 古今亭菊之丞師匠
トーク



落語と言えば、語り継がれてきた「お題」を噺家がそれぞれの技術で持って表現していくのが一般的です。ですので必然的に大衆芸能が栄えた江戸時代の話題が多くなります。ですが、不思議なもので噺家の方の表現力によって時代劇でした見たことのないような江戸の光景が目に浮かんできます。


噺家の方たちの驚くべくき表現力


落語の心得のある人にとっては当たり前のことですが、落語の舞台は、高座に座布団以外は何も置かれていません。映画やドラマ、舞台のようなセットに頼ることなく噺家の話術、表情、ジェスチャーのみによって全てを描写していきます。
たった一人の噺家の話術によって多くの登場人物が個性を持ち、情景が目の前に広がってくるのです。そして所々に笑いを挟み、至る所に「落ち」への伏線が張られ、最後になった「ああなるほど!」という唸りと共に笑いが込み上げてくるのです。


rakugo house / torisan3500


中入り後に初の落語初舞台を踏んだ俳優の宅間孝行さんは、落語をするに当たってタレントの柴田理恵さんに「落語はごまかしが利かないよ!」と脅されたそうです。それもそのはず、役者さんは話術以外の要素含めての演技ですが、噺家は話術とゼスチャーだけでしか勝負はできません。
実際に、落語家の方で役者さんとして、タレントとして活躍されている方が多くおられますがこれだけの話術と人の心をつかむ技術があれば当然のように思えます。


落語を通じて学ぶ「伝える力」


落語について偉そうに言える身分ではありませんが、3時間あまり、飽きることなく楽しむことができました。笑いと言っても、品のあると言いますが、網のように張り巡らされている伏線に気付いた「知的な笑い」っていうのはとても気持ちのいいものです。機会あれば今度は寄席で観劇したいと思います。

世の中を生きていく上で最も大切で、しかも悩ましいことは「人間関係」です。その中で埋もれることなく自身を生かしていくうえで欠かせないのが「伝える力」だと思います。自分の思いを的確に伝え、しかも人の心を掴む表現力のカギは落語の噺家の方の技にあるのではないかと感じました。





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初めてのミュージカルの楽しみ方~ア・ソング・フォー・ユー~

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芸術とは無縁の人間


子どもの習い事と聞けば、スイミングや野球、サッカーなどと言った「スポーツもの」、ピアノ、バイオリン、絵画などと言った「芸術もの」、そして算盤や習字と言った「お勉強もの」に大きく分けられると思います。多くの人が少なからずそういった習い事を経験しているのではないかと思います。
それらが物になるかどうかは別として、それらの習い事を通じて多くのことを学び子どもは成長していきます。

「習い事」は、親御さんの期待度の表れだという見方もできると思います。私は二人兄弟でしたが、二歳上の姉は最初の子どもだったこともあり、ピアノに習字に英語に算盤にと習い事に忙しくしていたことが思い出されます。
姉はそれだけ両親の期待を背負っていたということが伺えます。
一方、二番目でしかも末っ子だった私は、長男ではありましたが、本家ではありませんでしたので、それほど「期待」というプレッシャーのない環境で伸び伸びと育てられました。ですので、自分からやりたいと申し出た少年野球以外は、特に大きな習い事はしていませんでした。
ですので、学芸会の合唱で伴奏を務める女子生徒や、算数の計算テストで「エアー算盤」で答えをはじき出す隣の人に対し、純粋な気持ちで「すごい」と尊敬の眼差しを送っていたものです。


江戸東京たてもの園5 / nakimusi


こうして一人の野球少年は、そのまま大人になったわけです。自分自身の歩みに決して後悔はありませんが、多少たりとも芸術系の素養は身に付けておきたかったという思いはあります。
「人間、始めるのに遅いということはない」という格言もありますが、私は独身時代、妻とのデートで何と背伸びをしてオーケストラのコンサートに行った際に居眠りをこいてしまうという失態を犯したことがあります。そもそも、こういったセンスがないのかな、とも思うこともありました。

そんな私が、初めてミュージカルを鑑賞することになったのです。

12月15日 ア・ソング・フォー・ユー 於:新国立劇場


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初台の駅を降りると、迎えてくれたのはオペラシティの吹き抜けに聳える大きなクリスマスツリーでした。

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初のミュージカル鑑賞となったのは、新国立劇場の中ホールにて上演されたア・ソング・フォー・ユーです。
ア・ソング・フォー・ユーは公式サイトによると下記のようなストーリーです。

1970年代、東京・福生。横田基地から飛び立つ飛行機の爆音轟くこの町には多くのライブハウスが林立し、音楽好きな若者が集まってきていた。

とあるライブハウスで1人ロックバンドとしてステージに立つ征司はカーペンターズシンガーとして人気のSHOKOと出会う。
優しく愛を歌うカーペンターズの音楽に反発しながらもSHOKOに惹かれていく征司。
一方、SHOKOはかつての恋人・国枝にレコードデビューをもちかけられ悩んでいた・・・。

征司とSHOKOの不器用な愛と、彼らを取り巻く人々の姿を、珠玉のカーペンターズ・メロディとともに描くオリジナルミュージカル。


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設定は1974年、舞台はベトナム戦争真っただ中の横田基地の近くにあるライブハウス。本国のみならず日本国内でも「ラブ&ピース」が叫ばれる中で、戦地に赴く兵士たちに愛されたのがカーペンターズの繊細で優しいメロディだったのです。
それは、社会への怒りを表現するハードロックでもない、ラブ&ピースを夢想するわけでもない、日常に普通に存在している愛や夢、つまりベトナムに送られる兵士が最も渇望しているものがカーペンターズのメロディに込められていたのではないかと思えます。

征司を演じたのは、ハイテンションなスポーツキャスターとして有名な、川平慈英さん、SHOKOを演じたのは宝塚のトップスターだった春野寿美礼さん。劇中での音楽は全てカーペンターズのナンバーです。
ミュージカルは全くの初心者でしたが、2時間とても面白く見させてもらいました。

私なりのミュージカルの楽しみ方


私の中でミュージカルと聞けば、歌と踊りです。取りあえず「踊ってしまえ」というアメリカ的な何とも楽天的な芸術のイメージを持っていましたが実際に観てみるとそれが間違いだったことに気付かされました。

まず、役者さんの迫力に圧倒されます。キャストを見れば川平さん、春野さんも超一流ですが、他の役者さんも百戦錬磨の人ばかり、声量、動きのキレ全てが異次元です。
プロスポーツなどを観戦した時に、その体の大きさとスピードに驚かされますがその感動とよく似ています。

映画評や書評などを読むと「○○は××のオマージュだ」「△△は□□の影響を強く受けていることが見て取れる」という言説が多数見られますが、これは知識としては大切かも知れませんが時に評論家の知識の深さを見せびらかしているように思えることもあります。元来、作品の理解を深め、より面白くするはずの評論家の見解が、逆に作品をつまらなくしてしまうこともあるのです。


Broadway at night 2 / 2sirius


ミュージカルについてもそれは同じことで、初めてのドラマを見るように、初めての映画を見るように先入観なく臨んだ方が面白いのではないかと思います。それが心に染み入った時に、リピートしたり、役者さんのファンになったりすればそれだけ興味も膨らみますし、ミュージカルへの探求心も生まれてくるのではないかと思います。

私も、「オレがミュージカルなんて…」と思っていましたが、身構えせずに行った方が楽しめるのはないかと思いました。
ミュージカルは、劇団四季の「ライオンキング」など超ロングラン作品もありますので、機会があったら挑戦してみたいと思っています。

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受付では、他の作品のチラシも沢山もらえましたが、最近テレビで見なくなったなと思った役者さんの多くが舞台で活躍しているのが分かりました。
役者さんの活躍の場はテレビだけではないことが分かったと同時に、案外テレビカメラの向こうにあるスタジオという世界よりも、生の観客を目の前にした舞台の方が役者さんの演技にも力が入るのかな、と思いつつ会場を後にしたのでした。





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「甘美な死骸」ぃっ!何じゃそりゃ?シュルレアリスムって

京王井の頭線渋谷駅の改札を出ると右手に巨大な壁画、日本を代表する芸術家岡本太郎氏の代表作「明日の神話」が圧倒的な存在感を放っています。この作品1054年ビキニ環礁で行われた水爆実験で第五福竜丸が被爆した事件を原点とし、まさに原爆の炸裂する瞬間を描いたもので1968年に制作が開始されました。その後長きにわたり行方不明だったものの、2003年に発見、紆余曲折を経て2008年にこの場所に設置されました。「明日の神話」というタイトルが象徴しているように、決して悲劇と破壊のみが描かれているのではなく、人間の誇りや希望といったポジティブなメッセージも込められているそうです。

岡本太郎「明日の神話」
岡本太郎「明日の神話」 / hazuijunpei


岡本太郎氏は今年で生誕100周年。各地で展覧会が実施されたり、その波乱に満ちた生涯がドラマ化されたりと、氏への再評価と話題は尽きることがありません。「私ほど芸術の似合わない人間はいない」と自負している私は、かつて岡本太郎氏と言えば、大阪の万博公園にそびえる「太陽の塔」そして、「芸術は爆発だ!」という名言、そして風変わりなキャラクターくらいの知識しか持ち合わせていませんでした。氏をメディアで見ていた時期、私はまだ小学生でしたので無理はありません。しかしながら、大人となって氏の稀有な才能の一端を垣間見るたびに、ただただ「偉大な芸術家」としか形容のしようがありません。
素人目ですが、岡本太郎氏の作品は、抽象的でどこか「ぶっ飛んでいる」印象があります。これは潜在意識の中に氏のキャラクターが刷り込まれているせいもありますが、謎めいていて、不思議で、やっぱり「ぶっ飛んでいる」という表現が最も相応しいと感じます。そんな岡本太郎氏は第二次大戦前の10年間を抽象絵画とシュルレアリスム真っ盛りのフランスで過ごしています。ピカソ、ダリ、ミロ…こんなものしか思い浮かびませんが、岡本太郎氏の作風にも多大な影響を及ぼしていたと思われます。





そこで、今回は

シュルレアリスムについて


考えてみました。
というわけで、シュルレアリスム展に行ってきました。
国立新美術館に行くのは初めて…と言いますか私が美術館に行くなど、妻のおかげとしか言いようがありません。乃木坂の駅を降り、階段を昇ると波打つようなガラス張りの建物、黒川紀章さんが設計したそうですが、とにかく立派な建物でした。この日は、近くにある六本木ミッドタウンのビルの上の方が見えなくなえるほどの悪天候だったのが残念でした。

そもそもシュルレアリスムとは、20世紀に発生した前衛芸術の形態、思想、運動のことです。よく「シュールだね」などという会話も交わされますが、これはシュルレアリスムの意のようです。「超現実ぅぅ」、私は正直この言葉の意味があまり分かっていませんでした。(苦笑)

受付でもらった入門ポケットガイドによると、シュルレアリスムとは、1924年、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」を発表したのをきっかけに世界中に広まった、夢や無意識の世界に新しい美と真実を求める芸術運動で、シュルレアリスムの画家たちは、常識や理性にとらわれない純粋な美、現実を突き詰めた"超"現実を描き出すためにいろいろな方法を考え出しました。この運動は40年以上も続き、今もその影響を随所に見て取ることができます。


ふむふむ。シュルレアリスムは、芸術運動だったのね。じゃあどんな内容の運動だったのだろう。


またまた入門ポケットガイドによると…

(1)自動記述(オートマティスム)
ただ描くこと。描いていると途中で何を描いているのか分からなくなる。それが「意識と無意識の狭間」。シュルレアリストたちが求めていた状態。

これが意識と言うか、常識を超えたすなわち「ぶっ飛んだ」作品を生み出す原点なのですね。

(2)甘美な死骸~甘美な 死骸は 新しい ワインを 飲むだろう~
何人かで一緒にひとつの作品を作るシュルレアリストの遊び。紙を折りたたんで他の人が何を描いたのか分からないようにして頭なら頭、胸なら胸を順番に描いていきます。全員が描き終わって紙を広げてみると…誰も一人では考え付かないような不思議な絵が完成します。

そりゃ、「ぶっ飛んだ人」の英知を結集すれば、さらにぶっ飛びますわな。「甘美な死骸」というネーミングが興味深いです。

(3)コラージュ
新聞や雑誌、古い版画を切り貼りして新しいイメージの画像を作ってしまうこと。思いがけない組み合わせがとってもきれいだったりします。画と写真が共存しているような絵も沢山ありましたね。

(4)フロッタージュ
こすること。コインや木の床の上に紙を乗せてこすると面白い模様が浮かび上がります。これを絵に使い始めたのもシュルレアリストたちなのです。

へぇ~、常識に囚われないというよりは敢えて常識を逸脱しようとしていますね。今度それが常識になるとまた常識を破る思想が生まれるのですね。

(5)グラッタージュ
ひっかくこと。フロッタージュを油彩画で応用するときの方法。いくつかの絵の具を重ねて塗り、まだ乾かない状態でデコボコの素材の上にあててパレットナイフで絵の具を削り取ると模様が浮かび上がります。

ふむふむ。油彩画のフロッタージュってやつね。


(6)レディメイド
直訳では「既製品」。大量生産品などを選んで持ってきて本来の意味や使い方から切り離し、署名やタイトルをつけることによって物を別のモノに見せてしまうという概念性の高い芸術です。

何じゃ?という感じですが…常識に囚われてはいけません。

(7)オブジェ
シュルレアリスムのオブジェには、物と言葉の組み合わせや展示によって新しい文脈を作り出すという側面があります。シュルレアリストにとっては様々なものを「オブジェ化」してきました。

何だか、簡単なのだか、難しいのか分からなくなってきました。しかしながらシュルレアリストたちの様々な新しい試みと葛藤が見て取れるようです。


芸術に関わる人は個性的な人が多いと聞きます。私たちが感じる個性というのは、彼らの創造力、創作意欲、喜び、憤りなどの大きなエネルギーがこぼれて飛び出したほんの一部分なのかも知れません。絵を見ても説明を聞いても、調べても、少なくとも私の常識、私の感覚とは別のすなわち「ねじれの位置」にある世界で起こっている出来事のように感じました。ですから、良く知らない人が芸術に関してうんちくを述べるよりも、批評家や評論家的な視点を排除して、素直な心で、素直に感じるような見方をするのが良いのでは?と感じました。

シュルレアリスム展、ざっと170作品、芸術家の創作のエネルギーをクタクタになるほど感じて帰ってきました。
美術館なんかも、これからちょくちょく行ってみたいですね。




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