知っとっけ?ブログ 自転車旅行

東海道横断、自転車の旅21~旅ののち~

前号の続きです。

ふとしたきっかけから始めた「東海道横断、自転車の旅」も8月5日、9日間にして終了しました。新居浜滞在は、伯母夫婦の家に世話になりましたが、この滞在中も地図を頼って新居浜のゆかりの地を訪れてみました。
旅の疲労は6日目以降、屋根の下で、しかも蒲団に寝られましたし、距離をさほど走った訳でもないので、さほど溜まっていませんでした。今思うとさすが10代と言わざるを得ませんが…。


しまなみ海道 来島海峡大橋 / Skyriser / Lix


私が住んでいた家、通っていた幼稚園など私の断片的な記憶と照らし合わせると随分とサイズが小さく思えましたが、そのままの姿で残っていました。あれから17年経っていますから、今はどうなっているかは分かりませんが、当時は、そのまま古くなっている、悪く言えば朽ちている感じがしました。

数日後、母が合流し、母方の実家に行き、焼香し墓参りに行きました。これで私が新居浜に向かった目的が全て果たされました。


Nara Chugen Mantoro (2) / pjan vandaele


あとは帰る方法を考えなければなりません。
東京在住の大学の同級生に電話したところ、岐阜県可児市にある同級生の実家に車で遊びに行くと聞きました。岐阜までくれば一緒に送ってやると言われました。
早速、可児市に帰省している同級生の実家の番号を聞き、電話をすると、「犬山駅」まで来たら迎えに行くと言ってくれました。つまり、私が何とか犬山まで行けば、可児市にある同級生の家に滞在し、東京から遊びに来るメンバーと一緒に帰ることができるのでした。
自転車は宅急便で東京の自宅に送りました。さすがに帰り乗って帰るほどの気力は残っていませんでした。


ferry Toshima / tsuda


そして新居浜港から夜に出発する大阪南港行きのフェリーの切符を取ってもらい、親せきに見送られて新居浜を発ち、翌朝早朝に大阪南港に到着しました。
大阪南港は、6日目に自転車で通った道です。時間がかなりあったので、難波までの十数キロの道を歩きました。難波駅前は再開発が進んでいますが、当時はまだ南海ホークスの本拠地であった大阪球場が住宅展示場となってもなお、存在感を放っていました。
昼食を済ませた後は近鉄のノンストップ特急で名古屋まで行き、名古屋から名鉄に乗って犬山まで行きました。犬山駅では、友人すでに迎えに来てくれており、可児市の彼の実家でお世話になりました。


難波.2 / 柏翰 / ポーハン / POHAN


東京から来た友人たちと合流すると、名古屋のウォーターフロントをぶらぶらし、翌日に東京に戻りました。出発から約2週間、文字通りの「帰還」です。

旅ののち


旅から戻って間もなく、私は塾講師のアルバイトを始めました。これにすっかりはまってしまい、社員になりアルバイト時代から合わせて16年間も務めていました。ですから、まとまった時間が取れる最後のチャンスに、これだけの旅をしたのですね。連れのM君は実家の家業である土建業を継ぎ、会社と一家の大黒柱としてバリバリ働いています。彼も一時はスマートになりましたが、今はすっかり丸々とした大人になってしまいました。

時間が流れるのは早いものです。あっと言う間に17年も時間が過ぎてしまい、改めて振り返ることはありませんでした。残念だったのはこの旅の証をほとんど残していないことでした。写真1枚もありませんから、ここまでくると思い出づくりと言うよりは、有り余った10代のエネルギーを放出する場を探していたのだろうと思います。


RICOH GR DIGITAL3_026 / TAKA@P.P.R.S


ただ、当時は携帯電話やパソコンなど誰も持っていない時代でしたが今は、Googleマップで道を確認し、Googleストリートビューで道の様子を確認できます。この画像と自分の記憶を合成しながらこの日記を書いていきました。いかんせん17年経っていますので、道路の形状が変わっていたり、市町村合併で土地の名前が変わっていたり、あるいは記憶違いのところもあるかも知れません。ですがこの機会があったことで、あのころの様子が鮮明に甦ったことも事実です。


45ª Etapa / Susonauta


東海道横断、自転車の旅はどう考えても無謀で、無知と若さがなした旅であると今でも思っています。しかし、この時、この歳、この瞬間しかできなかった旅を事故もなく終わらせることができて良かったと思っています。そしてこの旅は、私が一生忘れえないだろう貴重な思い出として記憶に深く刻まれています。

長いことお付き合いいただき、ありがとうございました。


東海道横断、自転車の旅【終わり】


■関連記事
東海道横断、自転車の旅1 ~そのきっかけ~(2011.08.12up)
東海道横断、自転車の旅2 ~真夏の合宿~~(2011.08.15up)
東海道横断、自転車の旅3 ~熱海までのすったもんだ~第1日目:東京-熱海(2011.08.16up)
東海道横断、自転車の旅4 ~最初の難所、函南峠を越えて~第2日目:熱海-沼津(2011.08.17up)
東海道横断、自転車の旅5 ~命がけ富士由比バイパス~第2日目:沼津-清水(2011.08.18up)
東海道横断、自転車の旅6 ~恐怖の大崩海岸~第2日目:清水-大井川(2011.08.19up)
東海道横断、自転車の旅7 ~静岡県を抜け愛知県へ~第3日目:大井川-御前崎(2011.08.22up)
東海道横断、自転車の旅8 ~浜名湖横断~第3日目:御前崎-矢作川(岡崎市)(2011.08.23up)
東海道横断、自転車の旅9 ~愛知県へ突入~第3日目:御前崎-矢作川(岡崎市)(2011.08.24up)
東海道横断、自転車の旅10~愛知県を抜けて三重県へ~第4日目:矢作川-甲西町(湖南市)(2011.08.25up)
東海道横断、自転車の旅11~鈴鹿峠を超えて~第4日目:矢作川-甲西町(湖南市)(2011.08.26up)
東海道横断、自転車の旅12~京都やさかいに!~第5日目:甲西町-大阪市(2011.08.29up)
東海道横断、自転車の旅13~人生初の京都~第5日目:甲西町-大阪市(2011.08.30up)
東海道横断、自転車の旅14~大阪に来たど~第5日目:甲西町-大阪市(2011.08.31up)
東海道横断、自転車の旅15~久しぶりの入浴~第5日目:甲西町-大阪市(2011.09.01up)
東海道横断、自転車の旅16~大阪脱出、兵庫へ!~第6日目:大阪市-高松市(2011.09.02up)
東海道横断、自転車の旅17~四国上陸!~第6日目:大阪市-高松市(2011.09.05up)
東海道横断、自転車の旅18~M君ついにゴール!~第7日目:高松市-善通寺市(2011.09.06up)
東海道横断、自転車の旅19~金毘羅宮、1368段の階段を制覇!~第8日目:善通寺市(2011.09.07up)
東海道横断、自転車の旅20~【感動】東京-新居浜間をついに走破~第9日目:善通寺市-新居浜市(2011.09.08up)
東海道横断、自転車の旅21~旅ののち(2011.09.09up)





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東海道横断、自転車の旅20~【感動】東京-新居浜間をついに走破~第9日目:善通寺市-新居浜市

前号の続きです。

8月5日 東海道横断、自転車の旅 第9日目


後にも先にも、こんな経験をすることはないだろうと思える「東海道横断、自転車の旅」も連れのM君を善通寺市の母方の実家に残し、私は新居浜に向かいます。長いようであっと言う間に過ぎ去った旅も終わりを迎えようとしていました。
出発直前、M君のお母様からお小遣い5,000円をもらいました。せっかくなのでありがたく頂戴し、M君とお母様、お祖父様、お祖母様に見送られて善通寺を出発しました。この旅で驚くべきは、3日目を除き好天に恵まれたことでした。これだけカンカン照りになると夕立のひとつやふたつありそうなものですが、全く無縁でした。


讃岐富士 / naitokz


北四国は、国道11号線を通れば、ほぼ全ての都市を横断できます。目的地である新居浜市にもこの道路が東西に走っていました。

4キロほど走って国道11号線に入ります。この道もよくある地方の幹線道路のイメージで、他との違いは時折ため池や水路が見られることくらいでした。ただ、遠方に山を臨む広々とした讃岐平野はこれまで通ってきた都市部と比べればはるかに時間の流れがゆっくりなように思えました。





観音寺市に入り、予讃線の線路を突っ切ります。すると目の前には瀬戸内海が広がってきました。この日は、平野の中をひたすら漕いでいたので海を見た時は、まるで初日に見た相模湾を思い出しました。ここからしばらくは海沿いの道を走ります。
右手に穏やかな瀬戸内海、左手に予讃線を見ながら走ると、ついに愛媛県に入りました。このあたりから瀬戸内工業地域に入ります。県境は川之江という今でいうと四国中央市に属するのですが、大きな製紙工場が建っていました。


In Flight / Hyougushi


海沿いに工場群を見ながら進みます。道はいったん内陸に少しだけ入り、川之江の中心地を抜け、再び工場が立ち並ぶ海沿いへと抜けます。この辺りは、今は川之江と同じ四国中央市に属しますが、当時は伊予三島市と呼ばれる地域でした。「エリエール」という大きな看板を見かけましたが、こちらも大王製紙の工場なのですね。

ついに新居浜市へ、感動のゴール!


伊予三島市、土居町は意外と広く感じました。もうすぐ新居浜という意識が働いているのと、出発から60キロ近くもノンストップで来ていること、そして工場群から離れ、東西に田畑や林の続いている道を走っていることがそう感じさせたのかも知れません。
そして緩い傾斜を登りきると、「新居浜市」の標識が見えました。出発から9日目、ついに新居浜市に到達しました。


新居浜市IN / rch850


新居浜市は母方の実家がありますが、私たちが拠点としていたのは昔から伯母夫婦の家でした。母方の実家が漁師の大家族という事情があったのかも知れません。そして市内の診療所で事務をやってる伯母の職場に顔を出し、伯父に迎えに来てもらって先導してもらう約束をしていました。

新居浜市と言えば、瀬戸内工業地域の中心都市、別子銅山(1977年閉山)がもたらす優良な銅によって成長してきた町で、「住友」は別子銅山によって発展しました。新居浜は歴史ある工業都市なのですね。この町で漁師の子どもとして母親は生まれ、育ち、父と出会い、姉と私を産みました。私が3歳になるまではこの町で暮らしていました。本当に断片的にしか記憶はありませんが、新居浜滞在中に地図を頼りに新居浜の町を巡ってみても面白いかもしれません。


別子銅山とは / rch850


新居浜市を南北に流れる国領川を渡ると、いよいよ新居浜の中心地近くに入ります。ただ、この町は、幹線道路と駅の位置などの関係で非常に町が中途半端な栄え方をしているようにも思えます。国道11号線を走っていて、都市部に差し掛かると、この道は明らかに、町の中心を走る幹線道路でした。しかし、新居浜ではそんな感じはあまりありません。

そして、ついに伯母の勤める診療所に着きました。「まあ、真っ黒になって。太もも肉ついたんと違う?」というのが伯母の第一声でした。そして伯父が診療所に迎えに来てくれ、少し山よりの坂を登ったところにある家までカブで誘導してくれました。


R1072768 / yoppy


この日の走行距離、約70キロ、ついにゴールに辿りつきました。
準備も含めて16日間、東海道横断、自転車の旅はついに終わりを迎えたのです。思っていたよりあっさりと終わってしまいましたが、あとは、数日後に母親と合流し、祖父母の墓参りに行く以外は特に予定はありませんでした。ですので自転車で新居浜散策をしようと思っていました。
そして、あとは「どうやって東京まで帰るか」を考えなければなりませんでした。

親戚一同は、誰に会っても「自転車で来た」ということでバカ扱いでしたが、どう考えても馬鹿な発想が現実となった旅ですので、褒め言葉のように聞こえていました。

次回は、旅を振り返りつつ東京まで戻った話、その後について書いてみようと思います。


次号に続きます】

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東海道横断、自転車の旅18~M君ついにゴール!~第7日目:高松市-善通寺市(2011.09.06up)
東海道横断、自転車の旅19~金毘羅宮、1368段の階段を制覇!~第8日目:善通寺市(2011.09.07up)
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東海道横断、自転車の旅21~旅ののち(2011.09.09up)




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東海道横断、自転車の旅19~金刀比羅宮、1,368段の階段を制覇!~第8日目:善通寺市

前号の続きです。

8月4日 東海道横断、自転車の旅 第8日目


前日(1994年8月4日)、高松駅前のビジネスホテルを発ち、国道11号を走ってM君の母方の実家のある善通寺市に到着しました。出発から1週間、トレーニング合宿も含めると2週間も苦楽を共にしたM君の旅は終わりを告げました。これからは、クーラーの効いた部屋で、好きなものを好きなだけ食べてくれ!そんな思いでした。ただ、せっかく善通寺まで来たのに金刀比羅宮を参拝しないのはもったいないと思いました。また、金毘羅宮は1,368段もの階段が有名だとか…


_DSF8660 / snotch


ですので、M君には金毘羅宮参拝と1,368段の階段制覇を付き合ってもらうことにしました。
思えば、この旅中、ひたすらペダルを漕いでいて、観光らしきものは一切していません。私はのちにオートバイに乗るようになり、ツーリングにも出かけましたが、相変わらず走ることが目的となってしまい、観光がおざなりになってしまうことも度々でした。そういった私の傾向はこの頃からすでに表れていたのです。

金刀比羅宮へ


土讃線に沿って5キロほど走ると金刀比羅宮へと続く参道が現れます。社の参道は土産物屋、饅頭屋、煎餅屋などが並び独特の雰囲気を醸し出しています。だいたいこういった雰囲気のところには、梅宮辰夫さんの実物大人形が立っていることが多いのですが、ここはどうだったでしょうか。


_DSF8661 / snotch


表参道から徐々に登り坂になり、時折20段くらいの階段が現れたかと思えば、3段くらいの階段が現れたりします。一の坂鳥居を抜けると急な石段が現れます。参道は、石燈や、様々な石像、石碑が並んでいました。それぞれじっくりと目に焼き付けたいところですが、階段を制覇することがメインの目的なのでそちらを優先することにしました。


_DSF8703 / snotch


この日も晴天、後ろを振り返れば讃岐平野が一望できます。
M君は、旅が終わってホッとしているせいか、ペースが上がらず、旅の前のM君のようにだるそうに階段を上がっていました。もともと善通寺には長期の休みのたびに訪れていることや金刀比羅宮にも何度も行っていることから、私ほど興味が湧かないのと、あとはやっぱり彼にとっては7日間の旅が過酷だったのでしょうね。
ですので、私がまず最後まで登り切って、下ったところで合流する約束をしました。それまでM君は無理せず登ったり休んだりしてくれ、と告げ、私はさっさと頂上を目指すことにしました。


Castform in Kotohira, Kagawa 7 (Kotohira-gu shrine) / Kasadera


桜馬場という平坦な石畳をしばらく進むと、青銅の鳥居があり、さらに急な階段が現れました。階段があるとついついダッシュしてしまう習性がありますが、さすがにダッシュをするとあっと言う間に乳酸が溜まります。

階段はまだまだ続きます。鳥居をくぐり、社があり、手を合わせては先に進みます。
手水舎を見つけ心身を清めました。しかし本宮はまだ随分と先です。そして午前四段坂という急な階段を上ると、本宮に辿り着きました。

「祓へ給へ清め給へ 守り給へ幸へ給へ」

祈りを捧げます。この本宮は、1001年に創立され、現在の社殿は1878年に改築されたものなのだそうです。こういった寺社仏閣に行くと敬虔な気持ちになれるのは、それが何か霊的な力の働くスポットだからなのでしょうか?金毘羅宮は歴史も去ることながらその大きさにも圧倒されます。また歴史の教科書や小説、ドラマでしか出会えない先達が見たのと同じ景色を今私が見ているのだと思うと不思議な感慨にとらわれました。

ここまで785段、ゴールはまだ先ですが、本宮の北東側の展望台からは、讃岐平野を一望でき、その彼方には瀬戸大橋を望むことができます。


Castform in Kotohira, Kagawa 13 (Kotohira-gu shrine) / Kasadera


厳魂神社(奥社)へ、1,368段の階段を制覇!


本宮から奥社へは森の中を歩いていきます。森の木によって直射日光が遮られ、木々の間からこぼれる陽光が道を照らしています。時折吹く涼しい風が、疲れを軽減してくれました。
これまでも多くの鳥居をくぐり、社に出会いました。「八百万の神」という言い方もありますが、ここは沢山の神様が集まっている山だということが実感できます。





1,368段にも上る石段を登り終えるとそこには厳魂(いづたま)神社(奥社)が現れました。美しく朱色に塗られた奥社は長い祈りの旅の最後を飾るに相応しい威光を放っていたように感じました。厳魂人社には金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命が祭られているのだそうです。


Sanuki Plain viewed from the main shrine of Kotohira / alpiniste


参拝を終えると、石段をダッシュで下り、M君と合流しました。そしてもう一泊M君の母方の実家に泊めてもらい、翌日、新居浜に向けて出発します。
M君はこれから夏休みをゆっくりと過ごすそうです。そして私の東海道横断、自転車の旅も終わりを迎えようとしていました。

次号に続きます】

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東海道横断、自転車の旅18~M君ついにゴール!~第7日目:高松市-善通寺市

前号の続きです。

8月3日 東海道横断、自転車の旅 第7日目


前日、ついに四国上陸を果たした私たちは高松駅前近くのビジネスホテルに一泊しました。初日から熱海、焼津、岡崎、湖南と野宿、5日目の大阪の伯父の家に泊まりました。M君の様子をみていると一度蒲団のある寝床を味わってしまうと、もはや野宿には戻れないという感じでした。この日は高松市から善通寺市、これまでの旅程を考えれば距離的には何ということはありません。ゆっくり行っても午後には善通寺市にあるM君の母方の実家にたどり着けるはずでした。


JR高松駅 / naitokz


北四国は国道11号線を走れば、大丈夫です。このルートで善通寺市まで行き、私のゴールである新居浜市もこの道路を走れば辿り着くことができます。ですので、7日目は道は確定していますし、距離は短いこともあって最も気楽に走れる日のように思えました。
出発前、M君と申し合わせたのは、香川に来ているから昼は「さぬきうどん」を食べようということくらいでした。M君の旅はこの日で終わりになりますが、旅の終わりを名残惜しむ様子もなく、さっさと旅を終わらせたい思いでいっぱいだったように思います。

チェックアウトギリギリの10時までのんびり休んでからホテルを出ました。
高松駅からまっすぐ伸びる中央通りを南下します。さすが香川県の県庁所在地でもあり、四国の玄関口、交通の要所として発展してきた街並みは、私がイメージしていたより立派に思えました。右手にはミシュラン観光ガイドに「わざわざ訪れる価値のある場所」として最高評価3つ星に選定されている栗林(りつりん)公園が見えます。


Shaymin in Takamatsu, Kagawa 17 (Ritsurin Garden) / Kasadera


室山を抜け、上天神町の交差点を右に折れます。ここからは町がいっきにさびしくなります。これまでも通った地方都市の幹線道路という感じです。畑の中にフッと中古車店、パチンコ店、紳士服店、工場などが現れます。
讃岐平野はため池が多いことで有名です。私たちが通った道沿いでもいくつかため池を見かけましたが、この年は、空梅雨のため日本各地で深刻な水不足に悩まされていた関係でしょうか、大分水量が少なかったように思えます。

瀬戸大橋の威容


ほどなく坂出市に入りました。国道11号線は上氏部の交差点を90度左に曲がります。すると前方に大きな構造物が見えてきました。本州四国連絡橋で最初に開通した瀬戸大橋です。本四連絡橋は、1986年、私が小学6年生の頃、大鳴門橋に連れて行ってもらい、スケールの大きな橋と、鳴門の渦潮を見て感動したのが記憶に残っていました。ただ、このルートは、兵庫県から淡路島を結ぶ明石海峡大橋が完成しておらず、まだ本州と四国は陸続きにはなっていなかったのです。
このとき自分の目の前に見える瀬戸大橋こそが四国と本州を陸続きにした最初の橋であり、途方もなくスケールの大きな構造物でした。田畑の広がる風景に、突如表れるテクノロジーの塊が目の前に広がる風景を異様なものにしていました。


瀬戸大橋 / Skyriser / Lix


瀬戸大橋が完成してからと言うもの、東京から四国までは深夜バスでも往復できるようになり、当時の感覚でいえばとてつもなく安い交通費で四国まで行けるようになりました。新居浜市で合流する予定の母親と伯母も深夜バスに乗ってやってくるはずです。





丸亀市に入って、うどん屋に入りました。やはり讃岐に着たらうどんは欠かせないと思います。私は母親が四国の出身ゆえ、うどんを食べる機会が比較的多かったのではないかと勝手に思っていますが、さぬきうどんは格別です。最近は、全国的にさぬきうどんはブームですし、東京にいても値段は張るもののおいしいさぬきうどんを食べることができます。時代は変わるものです。


宮武讃岐製麺所の釜玉 / yto


M君ついにゴール!善通寺市へ


出発から35キロ。ついに善通寺市に入りました。善通寺と言えば、空海(弘法大師)の生まれた里で、霊場の密度が高い都市でもあります。また、多くのプロ野球選手を輩出した尽誠学園はこの都市にあります。
善通寺市に入ってからはM君が先導し、私はその10メートルほど後ろをついていきます。多くの寺院が並ぶ街並みを抜けると、M君の母方の実家に到着しました。M君はついにゴールに辿り着いたのです。太っていて、怠け者という表現が良く似合っていたM君の姿はそこにはありませんでした。二回りほど体が細くなり、真っ黒に日焼けした姿はとても頼もしく、精悍に思えました。M君のお母さま、お祖父さんお祖母さんの三人に迎えられ、シャワーを浴び、冷房の効いた部屋で休みます。夕食は焼き肉をごちそうになりました。


Groudon in Zentsuji, Kagawa 13 (Zentsuji Temple) / Kasadera


M君の実家には二泊させてもらうことにしました。翌日はお隣の琴平市にある金刀比羅宮にお参りです。金刀比羅宮は幼い頃に両親に連れられて行ったことがあるそうですが、記憶にありません。ただ聞いていたのは階段がきついよ~と言うことでした。
この言葉も600キロ以上を走破してきた私たちにとっては何と言うことはありませんでした。そんなところ走って登ってやるわ!くらいの勢いでした。

金刀比羅宮にお参りし、その翌日私はゴールである新居浜市を目指します!


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東海道横断、自転車の旅9 ~愛知県へ突入~第3日目:御前崎-矢作川(岡崎市)(2011.08.24up)
東海道横断、自転車の旅10~愛知県を抜けて三重県へ~第4日目:矢作川-甲西町(湖南市)(2011.08.25up)
東海道横断、自転車の旅11~鈴鹿峠を超えて~第4日目:矢作川-甲西町(湖南市)(2011.08.26up)
東海道横断、自転車の旅12~京都やさかいに!~第5日目:甲西町-大阪市(2011.08.29up)
東海道横断、自転車の旅13~人生初の京都~第5日目:甲西町-大阪市(2011.08.30up)
東海道横断、自転車の旅14~大阪に来たど~第5日目:甲西町-大阪市(2011.08.31up)
東海道横断、自転車の旅15~久しぶりの入浴~第5日目:甲西町-大阪市(2011.09.01up)
東海道横断、自転車の旅16~大阪脱出、兵庫へ!~第6日目:大阪市-高松市(2011.09.02up)
東海道横断、自転車の旅17~四国上陸!~第6日目:大阪市-高松市(2011.09.05up)
東海道横断、自転車の旅18~M君ついにゴール!~第7日目:高松市-善通寺市(2011.09.06up)
東海道横断、自転車の旅19~金毘羅宮、1368段の階段を制覇!~第8日目:善通寺市(2011.09.07up)
東海道横断、自転車の旅20~【感動】東京-新居浜間をついに走破~第9日目:善通寺市-新居浜市(2011.09.08up)
東海道横断、自転車の旅21~旅ののち(2011.09.09up)





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東海道横断、自転車の旅17~四国上陸!~第6日目:大阪市-高松市

前号の続きです。

8月2日 東海道横断、自転車の旅 第6日目


京都を過ぎた時点で既に東海道横断は完了していますが…それはともかく、私たちの旅は6日目を迎え、ついに兵庫県に突入しました。大阪の伯父の家を出発してから20キロほどの距離しか走っていませんでしたが、走っている国道43号線が高速道路のようになったり、側道を走っていると川を渡る際に歩道橋を登らなくてはいけなかったり、さらにはM君の体調不良も重なり、距離が稼げず、正午に迫っていました。


Movable Pedestrian Overpass (2) / isinoid


武庫川を渡ると西宮市に入りました。ほどなく国道43号線は、高架と側道に分かれます。さすがに高架で歩道もなく自動車がビュンビュン行き交う道路は不可抗力が働かなければもう通りたくはありませんでした。よって私たちは側道を選択します。

高校野球の聖地、甲子園球場


すると私たちの左手には、蔦の葉をまとった野球場が現れました。そう、高校野球の聖地、甲子園球場です。数年前まで高校球児だった私にとっては、どうせダメだろうとは分かっていてもひそかに目指していた夢の舞台です。まさかこういう形で訪れることになるとは高校時代は夢にも思っていませんでした。私は、嬉しくなって球場の周りを自転車で一周し、甲子園球場の雰囲気を味わいました。


甲子園 / ryosalem


この時期、第76回全国高等学校野球選手権大会を直前に控え、「甲子園練習」が行われていたと思います。球場の外には「天理高校(奈良県の名門校)」のバスが停まっていました。この大会に出場した選手は、ソフトバンクの多村選手、日本ハムの武田勝投手など、今のプロ野球界を支える錚々とした顔ぶれですね。





夢にまで見た甲子園に名残惜しさを残しつつも、私たちは神戸に向かわなくてはなりません。
気を取り直して自転車に乗り、先を目指すことにしました。
神戸までは、もうさほど遠くはありません。この日の朝のビートたけしさんの事故の件もありましたのであくまで安全運転です。それは大阪を抜け、尼崎、西宮、そして高級住宅地で知られる芦屋に到達してもそれは変わりませんでした。

神戸市内に…


ついに神戸市に入りました。まさか、この5か月後に神戸が大惨事に見舞われることなど予想だにしていませんでした。今、左手に見えるはずの六甲アイランドは、深刻な液状化現象に見舞われたのだそうです。あの阪神淡路大震災から16年、今年の東日本大震災とともに風化させてはならないと思います。


Monument of Kobe Earthquake (1995/01/17) / Hyougushi


比較文化論的に、日本は古い建物が少ない、一方でヨーロッパは古い建物が多い。よって文化を大事にしているという訳の分からぬ言説がまかり通ることが多いですが、日本に古い建物が少ないのは、地震や津波などの自然災害が起こることが前提の街づくりをしており、自然と共存してきたからこそ、また仏教的な無常感があるからこそ、町が壊滅的な被害を受けても立ち直ってきたのです。
神戸は、大きな被害を受け、被災者の方の心に刻まれた傷は癒えることはないと思います。しかし神戸の街は震災から見事に立ち直りました。東北は、被害が広範にわたり同じ次元で語ることはできないと思いますが、必ずや復興を成し遂げると信じています。

高松行のフェリーに乗船


地図上は神戸商船大学(現:神戸大学海事科学部)を過ぎれば東神戸フェリーセンター(1998年閉鎖)がありました。ですので神戸は東端をかすめた程度でした。ここから四国フェリーに乗って高松を目指します。ここまでの走行距離は40キロあまり。旅中の体調不良のためM君は神戸牛への情熱を失っていました。ひとまずフェリー乗り場の売店で何かを買って食べることにしました。


chairs / cotaro70s


高松行の四国フェリーは、出発時刻こそ記憶にありませんが、あまり待つことはなかったと思います。せいぜい1時間くらいでしょうか。日が暮れた頃に高松港に着いたのははっきりと覚えていますので、きっと14時くらいに神戸を発ったと思います。

フェリーに乗り込むと、まずは出港の際によくあるように、船のデッキから岸壁を離れる景色をしばらく見入っていました。ほどなくまだ建設中だった明石海峡大橋を抜け、船は瀬戸内海にへと渡ります。左舷に淡路島、行く手には小豆島が見えました。


R0010373 / tosimisi


船室は、進行方向に椅子が並んでいるところと、カーペット敷きになっていて寝転がれるところがありましたが、お互い19歳の若者にとって4時間半をもてあまし、座ったり、寝転んだり、デッキに上がったりと落ち着かない時間を過ごしました。

神戸から高松までの航路は距離にして130キロほどあります。私たちが1日に走ってきた距離と同じくらいです。1988年国鉄がJRに生まれ変わると同時に廃止された青函連絡船は110キロほどの距離を3時間50分で結びましたから、フェリーの速度はだいたいどこも同じくらいなのですね。


from island to island / Atsuhiko Takagi


西日を受けた瀬戸内の海は、とても穏やかでした。フェリーの中では、「四国を自転車で一周する少年」が特集されていました。自転車のフレームにはドリンクホルダーが括り付けられ、後ろには、専用のバッグがまたがるように設置され、テントや自炊の器具が入っているのかパンパンに膨らんでいました。軽装で、バッグ一つだけひもでくくりつけている私たちとは大違いでした。「俺らは東京から来たんだぜ」などと文句を垂れていました。

四国上陸


日も暮れかかった頃、私たちは高松港に到着しました。高松港はJR高松駅と隣接していました。貨車がそのままフェリーに乗れる構造だったのでしょうか。高松駅は2001年に新駅舎が完成し、当時の駅舎から宇和島寄りに300メートルほど移動しています。私の見た高松駅は、四国の玄関口としてそれなりに大きな駅でしたが、やはり地方都市の駅の雰囲気が漂っていたと記憶しています。あれから17年経ってますから、駅前はすっかり変わってしまっているのでしょうね。


高松駅前 / shibainu


もう日が暮れていて、善通寺までは街灯のない夜道を走ることが予想されたので高松で一泊することにしました。前日、屋根のある寝床を経験したM君に野宿はもう不可能でした。M君が「俺がおごるから」と言って、高松駅近くのビジネスホテルのツインルームに素泊まりしました。一人4,000円くらいだったと思います。

明日はいよいよ善通寺、M君の自転車の旅は善通寺で終わります。


次号に続きます】

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