知っとっけ?ブログ 教育

【幼児・大学】教育無償化と言うけれど…


安倍政権が掲げる公約のひとつである「教育無償化」に関しての議論が本格化しています。豊かな社会の醸成は、短期的には経済政策が肝要と言えますが、長期的視野に立てば教育に注力し、将来の我が国を担う人材を育成することであることは言うまでもありません。その意味で家庭の経済事情に関係なく平等に教育の機会が与えられる「教育無償化」は、一見聞こえは良いようですが、果たして効果はいかほどなのでしょうか?

「ものつくり大国」と呼ばれた日本の底力を支えているのは高い教育水準に他なりません。日本に滞在している外国人に言わせれば「ホームレスが新聞を読むことなどあり得ない」わけで、貧しい人は教育はおろか字さえ読めない人もいて当たり前というのが世界の多くの国の常識です。しかしながら、識字率はほぼ100%、誰しもが読み書き算盤の技術を習得している日本の教育力は、何だかんだと言っても高いレベルにあります。

Chuo University Tama Campus: 3rd
Chuo University Tama Campus: 3rd / Dick Thomas Johnson


とは言え、人口減少時代に加え、経済成長も頭打ち状態の日本にあっては、遠からず「国力の衰退」という深刻な問題に直面するには時間の問題で、その原因の最たるものは少子化にあることは言うまでもありません。識者は少子化の原因が晩婚化や、趣味の多様化といった若者気質の変化を挙げますが、私はそれ以上に若い夫婦を取り巻く経済状況の不安定さが原因なのではと思っています。

子育て世代の経済状況は決して楽ではない家庭がほとんどでしょうが、「家族のためにお父さん頑張るよ」といったモチベーションが家計にも跳ね返ってきたのは今や昔。現在は、頑張ったところで給料が上がる保証はなし。希望のない環境で、子供を育てるのは非常に苦しいというのが現実のところ。それならば、子育て世帯には税制優遇や教育費用の低減と言った手厚い保障があれば、少子化対策を後押しする施策となるはずです。議論すべき点は多々ありますが、幼児教育の無償化もその一環となればと思います。

ただ、大学の無償化はいかがなものか…と思います。
大学進学率は現在50%強。数字の上では大学全入時代。大学によっては中学生レベルの授業をやり直すなどその存在意義を問う意見がかねてから出ているのも事実です。偏差値だけで大学の価値を測ることはできませんが、ほぼ無試験で合格でき、授業が成り立っていない所謂「Fラン大学」ならば、若者たちに4年間のモラトリアム期間を与えるよりも一年でも早く社会に出てもらって頑張ってもらった方がよほど本人にも、社会のためにもなるのではないでしょうか。

誰もが大学に行ける時代の到来は一見夢のようですが、最高学府たる大学の質の低下を生み、さらに無償化ともなると、無為な4年間を過ごす若者を量産することにもなりかねません。教育の質を保つためにも大学は「選ばれた者」が通える最高学府でなければならないと思います。全員横並びに大学に活かせるのではなく、可能性がある学生には、保護者の所得に応じた奨学金制度を充実させれば経済事情によって優秀な人材の教育機会が奪われることを免れるはずです。

団塊ジュニアの最も競争の過酷な時代に大学受験を経験した私自身、高校時代、大学で遊び呆けている先輩の姿を見てはがっかりしてきましたし、まるでレジャーランドと化した大学の姿に失望を覚えたこともありました。大学進学率が2割の時代でこれです。
若い人材が貴重となる時代を迎えるからこそ、大学は「選ばれし者」が通える最高学府であらねばならないと思うのです。










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思い込み、思い付き、エビデンス不足の「~論」が多すぎやしないか?


どの分野においてもその道を極めた人の言説には誰しもが納得するような説得力があり、その一つひとつに重みを感じさせるものです。世の中は、こういった専門家の方々の日々の弛まぬ研究の成果によって、我々が多くの恩恵を享受することができるのです。

ノーベル賞を受賞する研究はほんの一握りかも知れませんが、日の目を見ない研究であってもその成果は、理論を構築するエビデンスのひとつとして蓄積され、たとえ今すぐでなくても、将来の大きな発見を下支えする理論となるうるかも知れません。

Education is All
Education is All / cogdogblog


しかしながら、近年思い込みや思い付きによる「~論」が幅を利かせているような気がしてなりません。科学研究であれば、エビデンスがはっきりとしていますので、たとえその出発点が思い込みや思い付きであっても実証実験でそれらに科学的な裏付けがなされませます。しかし、文系の分野になると、どうしても「好き嫌い」などの感情の壁を超えることはできません。その典型は憲法論議で、日夜研究に勤しんでいるはずの憲法学者が改正論議になってしまうと途端に情緒的な違憲論ばかりを並べだす始末。

科学的な裏付けができない分野は、いかに理論武装をしようとも、感情といった人間的な部分の壁を超えることはできないのです。さらに、視座が変われば、正邪が逆転してしまうこともありますので、激しい争いをしている両者は、それぞれの論理で「正義」をかざして戦っているわけですから、それは「ねじれの位置」のようなもので決して交わることはないのです。

とはいえ、変化の激しい時代にあっても、ひとまずのものかも知れないけれども「真理」を追求するのが専門家の性であり、それこそが専門家気質というものではないでしょうか。
しかしながら、近年は一部の経験則や、思い込み、思い付きの激しい「~論」が幅を利かせているような気がしてならないのです。

よくあるのが、ブームになっては消える「〇〇健康法」。その中には、科学的裏付けがないとされるものも少なくありません。
そして、子育てや受験指導などに見られる「○○学習法」「〇〇指導論」といった類のもの。特に幼児教育においては、オカルトを想起させるような超能力まで持ち出せれる教育論もあり、当然のことながら疑似科学の域を出ることはありません。

「~論」とは本来、原因と結果が論理的に証明されており、証拠も多く存在して初めて「~論」として語るに値します。そうでないものはあくまで一つの「考え」であって、相手が「そうは思わない」と言えば引っ込めざるを得ず、押し付けることはできません。

しかしながら、因果関係が証明できない、もしくは存在しないちょっとした経験則を、ちょっと権威のある論文等の一部を引用してエビデンスとし、堂々と「~論」としてまかり通っていることには残念に思えてなりません。その「~論」を信じることによって救われる人もいるかも知れませんが、薄弱な理論はいつしか綻びが現れ、結果的に「騙される」人も多数現れるに違いありません。

最近、ある教育評論家の方がTV番組で発したコメントに誤解を招く表現があり、一部の人たちの反感を買った所謂「炎上騒ぎ」がありました。仰っていることは確かなことですが、確かに誤解を招く表現があり、科学的な分析と評価に基づいた発言が求められるとことに、当人の独自な解釈が入っていたのが火に油を注いだ原因だと思われます。

この方は教育界においては著名人であり、私も毎日発信されるブログをチェックしています。学びと気づきはあるものの、時折、思い込みの強さや思い付きによる提言めいた言葉など、気になることはありました。当人に驕りがあるとは思えませんが、教育界の一部がそれでも「先生」として尊重される風土であることと、「論」と呼ぶにはちょっと寂しいものでも立派に「~論」として崇められるレベルであったことを示しているのかも知れません。

当人のブログでは、騒ぎのもととなった発言の根拠を示しましたが、なぜその言葉が炎上のもととなったかについての分析はなく、この炎上騒ぎで寄せられたコメント(当然のことながら心ない誹謗中傷もありましたが)を「誹謗中傷」という表現を使っていました。すなわち、自身の発言について顧みることはありませんでした。立った煙に対して「事実無根」「誹謗中傷」と決めつけ、自らの信念に突き進むのは、新興宗教が勢力を拡大してきたのと同じ手法です。この態度が、将来専門家としてどのように影響するのかが気がかりです。

やや話が逸れましたが、世の中、エセな「~論」が蔓延しているのは事実。今や、新聞や雑誌だけでなくネットと言う様々な角度から情報を得られる環境ですから、それに騙されるかは否かは受け手のセンスにかかっているのです。







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【教育勅語】教育の政治的中立はありえるのか?


北朝鮮では最高権力者の実刑が暗殺され、日本近海にミサイルを撃ち込むなどやりたい放題。韓国では大統領の弾劾が確定し、権力の空白が生まれるという日本にとっても安全を脅かされかねない由々しき状況の中、国権の最高機関である国会では、「森友学園」の問題で盛り上がっています。

野党や左派マスコミからすれば、自民党を引きずり下ろすのが至上命題ですから、勢い付くのは当然と言えば当然ですが、「もう少し建設的な政治活動はできないものか」というのが多くの国民の本音でしょう。

所謂「森友学園」問題に関しては、激安で土地購入した問題に関しては白黒はっきりすべきだと思います。廃棄物の処理費用とは言え、それが8分の1に値下げする理由にはなりません。納得できる理由、それがないのなら、値下げに至った理由などやましいことがあるのならそれも含めてクリアにすべきでしょう。このご時世にあっても、「学校を作りたい」という教育者や団体が多数存在し、彼らの夢の前に立ちはだかるのが「土地購入」という大きな壁なのです。都市部であればとても手が出る価格ではないし、地方ならば生徒を集めるのが容易ではありません。こうした事情によって学校設立の悲願を叶えられずにいる者たちにとって、森友学園に激安で売却された国有地の問題は、怒りさえ通り越すような感情を覚えているはずです。

それに合わせてマスコミを賑わせているのが森友学園で行われている教育内容が極めて「右翼的」であることです。愛国心を涵養するのは結構ですが、テレビで報じされているような「教育勅語」の唱和や運動会での「安倍首相頑張れ」宣誓は、右翼的というよりは理事長の趣味を押し付けているという印象を強く受けました。ここまでやってしまえば、教育基本法に定める「政治的中立」に違反していると指摘されても仕方がないでしょう。

しかし、森友学園は私立の幼稚園であり、今回の小学校も私立です。従って入学するしないの判断は保護者に委ねられています。教育方針に共感できないのなら入学させなければよいだけの話で、仏教系の学校に入学させておいて、教育に宗教を持ち込むなとクレームをつける保護者がいたならば後者の方が排除されるのと同じことです。ですから、このことに目くじらを立てるのはどうも違和感を覚えてしまうのです。

教育の政治的中立はあくまで建前です。同じ「お勉強」を教わるにはリベラル色の強い立教系と、保守色の強い国士館系が同じことを教わっているなど誰も思っていないのと同様に、附属の学校なら推して知るべしというものです。それに関して教育基本法に違反の疑いが…という声は聞いたことがありません。


得意分野になると声が大きくなる教育者って…


あくまで私個人の意見ですが、森友学園の土地購入問題に関しては沈黙を保っていた教育評論家や教育者たちが、森友学園の教育内容に関する報道があった瞬間に、水を得た魚のように「教育の中立」を訴える姿には不快感を覚えます。特に「教育勅語」のくだりでは多くの人が「日本を戦争に導いた思想的柱」だと熱く語ります。

彼らは、朝鮮学校での主体教育や日教組によって推し進められてきた偏向教育に関しては何も言いません。しかし、彼らは「保守」の色が付いたものに関して極端なアレルギー反応を示すことが多いです。「明治以降の教育が戦争に結びついた」という刷り込みが強いためか、「国のため」というと途端に「戦争」を想起してしまうのです。

「明治以降の教育が戦争に結びついたから、その反省に基づいて日本国憲法があり、教育基本法があって、教育の政治的中立を謳っている」と尤もらしい解説をしますが、全く間違ってはいないにしても、教育者自身が「日本を骨抜きにする」GHQのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに染められているのです。

国は、自国の平和と繁栄のために教育制度を整備します。だからこそ、必ずしも還元される保証のない教育に莫大なエネルギーを注ぎます。これも国の将来のためです。従って、被教育者は必ずしも「国から自由」であるわけではないのです。
彼らは「国のために」というと激しく反発するわけですが、教育制度に不備があると「国は何もしてくれない」とこれまた反発するわけです。
「国のために」というのは、別に戦争が起きたら戦地に赴いて死ねという意味ではなく、社会に出たらきちんと働き、稼いだ分はきちんと納税する、社会的ルールを守ることでも十分国のために貢献しています。表向きは「生活のため」に働いていても、その人の経済活動は間接的に国のために役立っているのです。
今回の森友学園に関する騒動は、「国のため」となると「戦争」と回路が直結してしまう教育者や教育評論家が未だ根強く存在していることが明るみになったとも言えるでしょう。これもひとつの考え、言論の自由や思想信条の自由が保障されているわけですから、一概に否定はできませんけれど…

いずれにしても、思想信条は最終的には子供が成長過程で学んでいく中でひとまずの立場を取るような形が望ましいと思います。教育の中立と言っても学校の立場がある中で、できる限り多様な考え方を学ばせて様々な価値観に触れ、醸成されていく形であって欲しいです。










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【森友学園問題】選ぶかどうかは親の判断だと思うが…


学校法人「森友学園」が豊中市の国有地を格安どころか爆安価格で購入していたことを巡って国会が紛糾しています。トランプ政権の動向は注視が必要ですし、北朝鮮が見せた不穏な動きも日本にとっては大きな懸念材料であります。政府にとっては猫の手も借りたい中で、よくもまあ、色んな攻撃材料を見つけてくるものだなと民進党をはじめとする野党の執念には感心してしまいます。

素人目に見ても、ゴミ撤去費の名目で8億円の値引きは不自然ですし、この「森友学園」が安倍首相の支持母体のひとつである日本会議色の強い教育を行っていることからも、そこに何かやましいことでもあるのではないかと、野党各党は躍起になっているわけですが、この点に関しては、どうせ「説明が足りない、誠意が足りない」と言われようとも白黒はっきりとさせる必要があると思います。

政治活動は、限りなく黒に近いグレーの面も含めて清濁併せのんで初めて前に進める面もありますから、特に長期にわたって政権政党を担ってきた自民党ならば、叩けば沢山のホコリは出るでしょうし、舛添前都知事が説明しても理解を得られなかった「政治の機微」は少なからずあるはずです。この点について、傍から見れば限りなく黒に近いグレーなわけですから、水際の判断をしたことのない野党にとっては格好の攻撃材料です。ですから、こうした「脇」の部分の理論武装も危機管理なのかなと思えます。


教育基本法違反が疑われる「塚本幼稚園」の教育について



2月22日、民進党・福島のぶゆき議員は、学校法人森友学園が運営する「塚本幼稚園」で、日本会議が発行する「憲法改正署名用紙」や、特定の政治勢力に対する罵詈雑言が書かれたプリントが配布されていた点を指摘し、「憲法改正を求める署名用紙を配布したり、『中共の手先』などと書かれた文書を配布することは、(教育基本法で禁じられている学校での)政治活動にあたるのではないか?」と、質問した。

森友学園・塚本幼稚園、教育基本法に違反する政治活動を行っている「個別具体的事例」|ハーバー・ビジネス・オンライン


上記の記事にあったように、確かに「法律に定める学校」がここまで露骨にやってしまっては、偏っていると言わざるを得ません。日教組の先生方が見たらそれこそ失神してしまうような教育内容です。記事の内容が事実であるならば教育基本法違反に問われても言い訳できないでしょう。

建前上は教育は中立であるべきです。子供たちはその中で自らの頭で考え判断することを繰り返して自身の思想信条を築き上げていくのが理想です。しかし、教育が国家の施策である以上、「ひいては」国家のために貢献する人材を作ることが目的です。そもそも「国を愛せ」などと教わらず却って嫌いになるような教育が行われれていても、読み書き算盤の最低限の教育はきちんと面倒を見てくれる国が日本のなのです。

それはともかく、建前上は中立な学校教育も、現実を見れば必ずしもそうでないことは明らかで、日教組の先生方を筆頭に新興宗教を母体とする学校等では、偏向した政治教育や特定の政党を支持するような教育及び政治活動が行われ、半ば黙認されてきた経緯があります。今回の国会の騒ぎでも偏向教育の先頭を走ってきた日教組を支持母体とする民進党の議員から、「教育基本法に反する」と追及の雨を降らせてるから不思議なものです。

従って、建前上は教育は中立であるべきですが、露骨ではないにしろ多かれ少なかれ政治色が出てしまうのは仕方がない一面もあると言えるのではないでしょうか。

今回の報道を受けて、「教育の現場に思想信条を持ち込み、判断力もままならない幼児に刷り込む『狂育』」であると批判する教育評論家の方もいましたが、その人たち自身が教育に中立などあり得ないことをよく知っているはずですし、偏向した戦後教育や、結果的に失敗に終わったゆとり教育の推進者だったはずです。日本国憲法第九条にしても、戦後70年が過ぎ、国際社会も劇的に変化している中で、議論さえも拒絶し、お題目のように唱え続ける先生方が新安保法案の際、授業で政権批判を全くしませんでしたか?いいえ、散々やったでしょう。本来ならこの先生方も教育基本法違反で懲戒処分でしょう。そうしたら、思想信条の自由を盾に反論するのでしょうけれど…。

したがって、判断力もままならない幼児を守りたいのならば、やはり親御さんの判断に尽きるのではないでしょうか。幼稚園は義務教育ではありませんし、選択権はこちらにありますから、入園時や入園後にもきちんとチェックをするべきです。幼稚園で行われている教育が偏っていると思うのなら、ためらわずに我が子のために園を変えるべきです。学校でお子様をお預かりしているとはいえ、最終的に我が子を守ることができるのは親御さんなのですから。






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【子どもの自殺:9月1日が最多】突発的に子どもに死を選ばせないために(1)


■関連記事
【子どもの自殺:9月1日が最多】突発的に子どもに死を選ばせないために(1) 2015.08.24
【子どもの自殺:9月1日が最多】突発的に子どもに死を選ばせないために(2) 2015.08.31

2015年8月17日、お盆明け初日の首都圏の通勤ラッシュは多くの路線で人身事故によって大混乱を来しました。長期休暇明けや週明けはこうした痛ましい事故が起こりやすい傾向にあります。人身事故に対する所感は、またの機会に述べるとしても、ダイヤ乱れなどの影響を受けるたびに、「なぜ思いとどまれなかったのか」「死ぬことはなかろうに」と思ってしまいます。

亡くなった方の思いや、自死を決断するほどの切迫した状況を推し量ることなどはできません。ただ言えることは、自殺に至るまで当人としては耐えがたい苦しみがあったこと。そして、休日というひとときの安らぎから一気に日常という彼らにとっては辛すぎる現実に引き戻されるときに、死を決意することだけは確かだと思います。
日本の自殺者は年間で3万人。一説によると自殺の疑いが濃厚ながらもカウントされない死者を含めると10万人を超えるとも言われています。

ほとんどの国民が衣食住は十分に事足りている日本でこれだけの自殺者がいるのですから、物理的な豊かさは必ずしも精神的な豊かさと一致しないことを痛切に感じずにはいられません。自殺という悲劇の主役は本人だけではありません。その何倍もの人数にのぼる遺族にも深い心の傷を残します。こられの多くは、「あのとき、異変に気づいていれば」「あのとき、ひと声かけていれば」防げたものも少なくはないと思います。メンタルヘルスへの関心を高めることはもちろん、周囲の人への小さな心配りを忘れてはならないと思います。

分別のある大人でさえ生きづらい世の中です。大人社会の病理を映す鏡でもある子どもであればなおさらです。そんな中、気になるニュースがありました。

子どもの自殺:9月1日が最多 NPOが防止呼びかけ 2015年8月18日 毎日新聞

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1年間のうち子どもの自殺が最も多くなるのは夏休み明けであることが内閣府の調査で明らかになったとして、不登校の子どもらを支援するNPO法人「全国不登校新聞社」(東京都)が18日、記者会見を開き、間もなく多くの学校が2学期を迎えるのを前に、死にたいと思い詰めている子どもたちに「学校に行くのがつらければ、まずは休んで」と呼びかけた。

 内閣府が6月に公表した「自殺対策白書」によると、1972?2013年の42年間に自殺した18歳以下の小中学生や高校生計1万8048人について、初めて日付を調べた結果、「9月1日」が131人で突出して多かった。以下、4月11日99人▽4月8日95人▽9月2日94人▽8月31日92人と、長期休み明けの時期に集中していた。いじめや学業不振、親子関係など要因はさまざまだが、内閣府は「生活環境が大きく変わる契機になりやすく、プレッシャーや精神的動揺が生じやすい」と分析している。

この結果を踏まえて都内で会見したNPO法人は、98年から専門紙「不登校新聞」を月2回発行している。代表理事で30年間フリースクールを運営してきた奥地圭子さん(74)は「多くの子は、いじめられても、つらいことがあっても、学校は行かなくてはいけない場所だと思っている。親もそういう観念にとらわれているが、『学校から逃げてもいいんだよ』と知らせてあげるべきだ」と訴えた。

 法人はインターネット上で無料閲覧できる「号外版」(http://futoko.publishers.fm/)に不登校経験者の体験談などを掲載している。【三木陽介】

近年、少年犯罪やいじめ自殺などのニュースがセンセーショナルに伝えられるものですから、「またか」という思いに駆られた方も多いのではないでしょうか。ただ、今回の調査は1972年から2013年の40年にもわたる調査であることから、今に始まった現象ではないということです。私自身の実感としては「やっぱりな」「何をいまさら」という印象を受けています。それは私が塾講師を務めていた経験と無関係ではないかもしれません。

「生活環境が大きく変わる契機になりやすく、プレッシャーや精神的動揺が生じやすい」と分析した内閣府の見方は正しいと思います。ただ、これは子どもだけでなく大人も同じです。だから休み明けに人身事故が集中するのです。大人でも辛いわけですから、子どもならもっと辛いでしょう。いじめや学業不振、親子関係などの要因も正しいと思います。これらも子どもが命を絶ってしまう要因足りえるでしょう。

しかし、未成熟が故に子どもがとってしまう「衝動的、突発的行動」については一切触れられていません。冷静に考えれば分かるのに、子どもはついつい衝動的になりがちな傾向にあります。私はそれが9月1日に自殺率が高い最も大きな理由であると考えています。

次号に続きます。(2015.08.31up予定)





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