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【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(5)

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【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(3)(2012.09.03)
【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(4)(2012.09.10)
【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(5)(2012.09.17)


前号の続きです。

調布駅付近連続立体交差事業もいよいよクライマックスを迎え、2012年8月19日、ついに国領駅~調布駅間の地下化が完了しました。
2003年から9年に渡る工期、この路線を使っている人間にとっては工事をしている状態が当たり前と思えるほど気の遠くなるような工事でした。
京王線はウェブや駅構内のポスター等を使って工事の進捗状況を盛んにアピールしていましたが如何せん作業は見えない地下で行われていることもあり、何だか実感が湧かなかったのが正直なところです。

とはいえ、待ちに待った地下化が実現しましたので夕方になってから京王線に乗りに行くことにしました。何のことはない、3駅が地下化しただけのことですし、きっと数年後には当たり前の光景になるのでしょうが、敢えて初日に乗っておく、それがいいのです。

作業17

上の写真は北口から見た国領駅の仮説駅舎です。改札は西側と北側に設置されています。実際の駅舎はもっと30メートルほど新宿(左)よりに作られますので、改札を抜けた後、ホームに行く階段までとぼとぼと歩くことになります。

作業18

改札を抜けてからホームまでは長い道のりです。まっすぐ歩いたあと、右に折れ、かつてホームのあった場所を通り抜けると右手にエレベーターが、左手に階段があります。

作業19

実際にエスカレーターに乗ってみると、意外と深く潜っているのを感じます。
京王線が地下化してから何週間かが経過していますが、乗る時も降りる時も恐ろしく風が吹きます。特に特急列車が通過するタイミングは足を取られるほどの強風が吹き荒れます。都内の地下鉄でも風が強く吹く駅がありますが、これほど風の強い駅は珍しいと思います。
設計段階でこの風は想定していたのかな?と感じるほどでした。でもきっとそのうち、風が吹くのも当たり前になっていくのでしょうね。

作業20

駅のホームにはホームドアが設置られていました。開通当時は動いていませんでしたが、1週間後の8月26日に下りが青、上りが赤のホームドアが稼働しました。
やっぱりホームドアが付くと運転士さんは「正確に停まらないと」というプレッシャーになるのですかね。ホームドア稼働後しばらくは、一発で止まれず、ちょっと下がったり、ちょっと進んだりして中々うまくいかなかったようです。
これが原因か8月27日(月)朝の上り電車は数分ダイヤが乱れていました。

作業21

上の写真は布田駅です。国領、調布と違ってホームドアが地下鉄南北線のものに近いフルスクリーンのタイプでした。上り線が赤、下り線が青、フレームは渋い黒、全体的に白くまとめられた駅構内にメタルのベンチと何だかお洒落でハイテクの粋を集めた駅のように感じました。
国領は古くから再開発が進められた地域ですし、私は再開発後の国領しか知りません。そして私が国領に移り住んだ段階から地下化の工事は始まっていました。ですから、国領が刻一刻と変わっていくことはある意味予定調和的なものだったわけです。
一方布田は、駅も周りの街並みも古き良きのどかさを残したエリアですから、この駅を見たときに最も驚いたのは布田の住民の方かも知れません。

作業22

次は調布駅の構内です。調布駅は、地下1階が改札、地下2階が下り、地下3階が上りのホームになっています。調布駅付近の開かずの踏切を生み出していたのは、調布から京王八王子方面、橋本方面に分岐するのでそこで待ち合わせが発生したのが大きな要因です。これを上り下りのフロアを変えて解決するとはかなり大胆な発想だと思いました。
これまで、橋本発の調布行各駅停車は布田の手前で調布発橋本行となって折り返していましたが、地下化以降はつつじが丘まで行ってから折り返すようになるのだそうです。

改めて撮ってみた、かつての国領駅の姿


下の写真は旧柴崎6号踏切から撮った旧国領駅の様子です。ホーム等が点灯されていますが一般の人が出入りすることはできません。レールだった部分もアスファルトで埋められていました。

作業23

そして今度は反対側を向き、トンネルへと入っていく車両を撮ってみました。
トンネルに潜るとすぐに国領駅になっているので、減速しながら坂を下るので案外綺麗に撮れるかもと思った私が間違いでした。意外と難しいですね。

作業24

作業25

最後は狛江通りの慢性的な渋滞を生み出してきた悪名高かった旧国領1号踏切より見た旧駅舎です。南口(右側)から北口(左側)へ自由通路を設けるためにホームが真っ二つに切られています。この作業を一晩でやったのだから凄いと思います。

作業26

京王線の複々線化構想


新宿を出発し京王線の南を走る小田急線は世田谷代田~向ヶ丘遊園までの複々線化が進み、下北沢駅も京王線調布と同じように地下化へ向けて着々と工事が進められています。複々線化により小田急線の輸送力は格段に向上しましたし、下北沢付近は数年後には再開発によってまったく別物と言えるほどの街に変貌を遂げるでしょう。

一方、京王線も複々線化の構想はあるようです。
調布駅付近連続立体交差事業は18箇所の踏切がなくなることも大きな成果ですが、京王線の輸送力に大きな変化はありません。国領住民としては国領に快速列車を停めて欲しいと勝手な願望を持っている人間の一人ですが…
京王線の輸送力を増強し、慢性化している通勤時間帯の混雑を緩和するのに残された道は小田急線と同じく複々線化を進めることだと考えます。

現状の構想は、笹塚~つつじが丘間をを高架化(半地下の仙川はそのままの構造を利用する)するというもので、土地買収が難航した場合は特急専用にトンネルを掘る構想もあるそうです。
これが「つつじが丘」までとなっている理由は、外環道はどうやらつつじが丘駅付近の大深度地下を通す計画らしく、トンネルではぶつかってしまうからなのだそうです…。

ますます「柴崎」が取り残されるような…

京王電鉄京王線(笹塚駅~つつじヶ丘駅間)連続立体交差化及び複々線化事業の環境影響評価準備書を送付しました(東京都)

しかし、こういった複々線化構想も完成するのは10年、20年後、人口減が始まった時代完成後も今のような混雑が続くのかという問題。小田急線の複々線化事業でも起こった騒音、振動などを理由に根強い反対運動の機運もある関係で現状は構想段階で止まっているようです。
できることなら、複々線化した京王線も見たいと思っています。

京王線の地下化もまだ実現したばかり、これから新駅舎の建設や線路の跡地の開発も始まります。私の住む国領はもちろん、布田、調布の発展を見守るのがとても楽しみです。


【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止 了






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【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(4)

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前号の続きです。

2012年8月18日終電後に始まった切替工事は翌朝19日の午前10時に終了する予定でした。となると始電から切替工事完了までの時間は電車を止めている区間は振替輸送のバスが走ることになります。

作業10

国領駅の代替は、国領駅北口から1、2分ほど歩いたところの旧甲州街道沿いにバス停が設置されていました。バス停の周りにも午前2時半頃であるにも関わらず警備員さんが立っていました。

こういった工事は当たり前のことながらつくずく多くの人が一つの目標に向けて手を結んで、一致団結して進めていく大プロジェクトだなと感じました。
この時間は切替工事で轟音を上げるクレーンが持ち上げるレールや枕木など直接切替工事に関わっている業務に目が行きがちですが、もはや誰も寄りつかなくなった旧駅舎の入り口付近では地味に点字ブロックを剥がしている作業員の人を見かけました。明かりもない暗がりの中で、目に不自由な方の目に代わりをしてきた点字ブロックを剥がすという仕事も、他の作業員と変わらず重要だと思います。

この切替工事に関わった人員は3,000名と言われています。土木は地図に残る仕事、この誇りを3,000名の作業員は向こう何十年も心に刻んでいくのでしょうね。

午前3時を過ぎ、いよいよトンネルが見えてきた!


作業11

午前3時を過ぎた頃、線路等が撤去されトンネルの姿が見え始めました。
この時間になるとさすがに疲労が貯まったのか人影も疎らになっているのが分かります。
私が思うにこの作業のメインイベントに一つは、トンネルが見える瞬間のように思えますので、多くの方がこの一大イベントを見逃していることになります。

作業12

朝4時を過ぎても作業は粛々と進められています。
東の空はすでに明るくなり夜明けを今かと待っているようです。中央右側の新宿高層ビル群の右側に見える尖塔は東京スカイツリー、写真の最も右側で光を放っているのが東京タワーです。

作業13

4時半を過ぎると、トンネルの天井を支えていた鉄骨も撤去され、国領駅へと潜りこむトンネルの姿が露となりました。潜り終わったところはすぐに国領駅。となると新宿方面からやってくる電車は減速しながら停止しないといけませんから高度な技術が求められます。また、周知のように、地下化する国領、布田、調布の3駅にはホームドアが設置されますので、それこそ運転士さんには大きなプレッシャーでしょうね。

祝、切替工事無事完了!


切替工事の現場は、つい数時間前の喧騒が嘘のように静まり返り、あたかも初めから地下に電車が通っていたかのような錯覚に囚われます。
しかし、その役割を終えた駅舎や、仮設駅舎の建設によって不完全な状態のまま晒されているホームが昨日までの雄姿を物語っていました。

作業14

作業15

カメラを構えていると下り列車がトンネルに潜っていく瞬間が撮れました。思っていたより急斜面、しかも深く潜っているように思えます。

作業16

そうそう、7年間国領の住民をしている私にとって電車の音は生活音のひとつでした。夏に窓を開けていると当然のことながら電車の音にテレビの音や会話を遮られるのも当たり前のように生活していました。
しかし、8月19日の午前中をもって、電車の音はかなり静かになりました。
嬉しいような、寂しいような…


次号は、開通初日の駅と電車の様子ををレポートします。








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【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(3)

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前号の続きです。

2012年8月18日、終電後の作業開始に備えて線路沿いにはレール等を持ち上げるためと思われるクレーンとそれを運搬するトラックが待機していました。報道の発表によるとこの切替工事に携わった作業員は約3,000名、終電後から翌日の午前中までの一連の大作業を終わらせるわけですからかなりの人手を要します。そして休日とは言え市電から午前中の電車を止めるということは、振替輸送のバスが出ているとはいっても鉄道会社にとっては心臓を止めるのにも同じこと。私の中では「終わるんかいな」という思いと、「終わって欲しい」という思いが交錯していました。

DSC02074.jpg

終電が通過した午前1時頃、国領駅近くの線路にも作業員が立ち入り切替工事が始まりました。国領駅、布田駅、調布駅とも数分前には最後の電車を見送る鉄道ファンが多数訪れたことは想像に難くありません。
上の写真と比べても線路沿いに多くの作業員がいるのが分かります。

作業1

この歴史的瞬間をこの目で見ようと、私たちは国領駅に向かいました。もちろん私たちと同様、沢山の人が切替工事の見物に訪れ、警備員が手際よく私たちを含めた野次馬を誘導していました。
新しい国領駅は地上の駅舎に改札が置かれ、地下に島式ホームがある構造となっています。これが調布駅になると上りと下りのホームが別フロアと言いますからその規模の大きさが伺えます。

国領駅に話を戻します。国領駅は地下のホームは完成しましたが、地上の駅舎は既存の敷地に建てるわけですからまだまだこれからです。ですので、いったん国領駅は実際の駅舎よりも30メートルほど調布寄りにプレハブ造りの仮駅舎が建設されました。

作業2

作業3

上の写真は何時間か後の稼働開始を待つ北口から見た改札です。下の写真は、北口から見た南口へと繋がる自由通路(となるところ)です。これからホームを撤去し自由通路を開通させます。
地下へと切替えられる箇所へ行くと、多くの見物人でごったがいしていました。レール等の撤去にあたり、まずは架線を撤去する作業が行われていました。

作業4

作業5

作業6

そして、既存の線路と支柱を撤去すべく、レールをクレーンで吊り上げる準備も着々と進んでいました。レールの隙間から見えるスペースは新しいトンネルです。危険を伴う作業ゆえに慎重に進められていました。
国領近辺は終電を過ぎると甲州街道を行き交う車を除いては概して静かな夜を迎えるのですがこの日ばかりはお祭り騒ぎでした。近隣住民、とりわけ小さなお子様のいる家庭ではさぞかし大変な思いをしたでしょうが、数十年に一度あるかないかのイベントだからか、これと言って大きな抗議の声は聞かれなかったそうです。

午前2時を過ぎ私たちは作業が進められている国領駅旧駅舎に向かいました。
下の写真は狛江通り沿いにかかる国領1号踏切から見た国領駅です。ちなみに国領1号踏切のレールはアスファルトで埋められており、街灯に光る油が埋められてまだ間もないことを物語っていました。

作業7

国領駅南口(右側)と駅改札のあるプレハブの仮駅舎を結ぶ自由通路の設置が進んでいました。私たちがほんの数時間前まで使っていたホームが真っ二つに切られていたのが驚きでした。

国領駅旧駅舎最後の瞬間


午前2時20分を過ぎたところでしょうか、もはや旧駅舎となった橋上駅舎はすでに「国領駅」の看板は外され、入り口には警備員が立っていました。
このとき、国領駅南口にいた私たちは警備員さんに「まだ入れますか?」と声をかけました。
すると「2時半までは大丈夫です。2時半に閉鎖します」という答えが返ってきました。
偶然ですが閉鎖数分前の国領駅旧駅舎に入ることができたのです。

作業8

駅舎に入るとそこには作業員以外は誰もいませんでした。そのとき駅改札のシャッターが閉まる音が聞こえたのです。
国領駅旧駅舎最後の瞬間をこの目で見ることができたのでした。
私はとっさに、持っていたデジカメの動画スイッチを押し、この瞬間を捉えました。



調布駅ではシャッターが閉まる瞬間を見届けるために多くの人が訪れたようです。
【画像】静かにシャッターが降りる、最後の調布地上駅改札と名残を惜しむ見物者 調布経済新聞

しかし、国領駅の最後を見届けたのは私たち夫婦だけでした。
偶然とはいえ貴重な体験ができたことに感謝し、国領駅を後にしたのでした。

下の写真は国領駅旧駅舎の内部の最後の写真です。役割を終えたこの駅舎はそう遠くない解体を待つばかりです。

作業9

次号は切替工事の続きをレポートします。








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【連載】【国領住民として】2012年8月19日 京王線 国領駅~調布駅間が地下化!18箇所の踏切が廃止(2)

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前号の続きです。

2008年以降、調布駅付近連続立体交差事業は2012年の開通に向け地下で粛々と進められていました。私の住む国領では、野川を渡った後に潜りはじめ、国領駅付近で完全にトンネル内に入る構造ですので、昼夜を問わず何らかの作業が行われている様子は分かりました。
野川を渡ってすぐの箇所は国領の南を走る品川通りから甲州街道、旧甲州街道にぶつかる道路を通す工事が行われており、線路を潜って、両街道と合流するつくりのようです。
とすると京王線は野川を渡って地下にトンネル通した後に自らもトンネルに潜るという何とも忙しい動きをすることになります。
これがどういった経緯のものかは分かりませんが、踏切をなくすという大義名分を達成する以上、線路の下を潜らせると言うのは苦肉の策だったのかも知れません。

取り残される「柴崎」


京王線は調布駅付近連続立体交差事業の他にも近年急ピッチで駅舎の改装が進んでいます。これは段差解消やエレベーターの設置といったバリアフリー化と将来の高架化を踏まえた橋上駅化の狙いがあるとされています。
最近も2011年の12月に近場のつつじが丘駅の駅舎もショッピングセンターや書店、飲食店がテナントに入った立派な駅ビルができあがりました。
このように、京王線ではほとんどの駅で駅舎の改装が完成、あるいは計画されています。ですから国領駅、布田駅の新駅舎がどんなものになるか楽しみです。

駅舎の改装が次々と進んでいる中、取り残されているような立ち位置にあるのが、つつじが丘駅と国領駅に挟まれた柴崎駅です。
柴崎駅の一日の乗降者数は約18,000人。東京競馬正門前への乗換駅となる東府中駅と同じくらいの規模です。しかし、東府中駅も昨年立派な駅舎ができあがりました。
柴崎駅は、駅を降りるとお馴染みの「開かずの踏切」があり、線路を挟んで小さな商店街が軒を連ねる一昔前の駅前の光景が広がっています。最近は、お笑い芸人のスリムクラブの内間さんが柴崎在住をカミングアウトし、ちょっとしたスポットとなっているようです。
しかし、当初か調布駅付近連続立体交差事業は、柴崎からトンネルを掘り、野川の下をトンネルが走る予定でしたが、何らかの事情で柴崎が外れ国領駅からとなってしまいました。

また、いつかこのネタについては書きたいと思っていますが、京王線は後々笹塚駅からつつじが丘駅間の複々線化構想があり、一説によると特急をトンネルが走り、各駅~急行が高架を走らせるという前例のない計画のようです。複々線化がつつじが丘までの理由は、どうやら以前から計画されている外環道はつつじが丘付近で京王線と交差し、それが大深度地下トンネルのため、ぶつかってしまうという事情があるからなのだそうです。


P1110612.JPG / くーさん


諸処の事情で再開発に取り残された形となった柴崎駅ですが、駅前には「柴崎を取り残さないで!」という心の叫びにも似たのぼりが立っています。
私自身は何か言える立場ではありませんが、何か良い知恵がないものか考えてしまいます。

2012年7月18日切替工事前日


上空から

上の写真は切替工事を直前に控えた8月8日の京王線国領駅を上から捉えた様子です。下り電車が入線していますが、天井は意外と汚れているのが分かります。
線路の間にはブルーシートがかけられていますが、すでに地下の工事が完了しており、この下は空洞になっています。開通直前は京王線でこの付近を走るとまるで鉄橋を渡っているときのような音と振動がしました。

上り最終日

地下化切替工事を翌日に控え、お世話になった国領駅旧駅舎に別れを告げるべく、ホームに降りてみました。最終日だからか多くの「カメラ小僧」がカメラを構えていました。仮説駅舎とは言えこれだけの人に惜しまれるなんて何と幸せな駅なんだろう、と思ってみたり…。
ホーム東側から急行列車を撮ってみましたが通過列車を撮るのは難しいですね。

下り最終日

今度は同じ地点からホームの東端を撮ってみました。京王線は翌日先に見える踏切の手前で完全に地下に潜ります。

国領1号踏切

そして夜に国領駅のすぐ西側、ひどい時には1時間のうち51分も遮断機が下りたままだったと言われた狛江通りにかかる国領1号踏切から捉えた下り準特急高尾山口行きです。この踏切を過ぎると布田駅に向かって大きく右にカーブを曲がるので特急列車も減速します。ですのでこの踏切は写真を撮るには絶好のスポットなのですが、案の定ピンボケでした…。

DSC02074.jpg

日が暮れると切替え工事を控えた線路の周りには作業員と思しき人たが集まり始めました。そして、地下に潜り始める野川から国領駅付近には撤去したレール等を運ぶクレーンとトラックが線路と並行して停まり始めました。
なかなか本題に入らずに申し訳ありませんがいよいよ切替工事が始まります。

次回は切替工事の様子をレポートしたいと思います。





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調布駅付近連続立体交差事業として2003年より進めてきた国領駅~調布駅にかけての地下化が完成し2012年8月19日未明から朝にかけて切替工事が行われ、朝10時頃には工事が完了しました。
下の写真は今日から切替わった地下国領駅ホームの様子です。

DSC02135.jpg

京王線地下化の実現によって柴崎~西調布・京王多摩川間の18か所の踏切が廃止され、京王線沿線の多くの「開かずの踏切」が解消しました。
あくまで切替工事が完了し、電車が地下を走るようになった段階ですので、線路や駅舎はそのまま残っています。新駅舎の建設、架線や線路の撤去、跡地の活用などはこれから1年かけて行うそうです。ですので、事業の完了は今年いっぱいか来年まで待たねばなりません。

それでも、国領の住民として調布駅付近連続立体交差事業という悲願の事業が実現した歴史的瞬間を目の当たりにできたことは、忘れえぬ貴重な体験となりました。あと数年も経てば、かつての国領駅~調布駅のことは忘れ去られ、地下駅であることが当たり前になるでしょう。10年も経てば世代も住民も出入りもありますので、かつての姿さえ知らない人が多くなることでしょう。
ですので、今号からしばらくは、沿線住民として調布駅付近連続立体交差事業の開通に関わった貴重な体験を記していきたいと思っています。

調布駅付近連続立体交差事業の概要


京王電鉄京王線の柴崎駅付近から西調布駅付近と相模原線の調布駅付近から京王多摩川駅付近にかけて、道路と鉄道との連続立体交差事業を行います。
この事業は、京王線の柴崎駅~西調布駅間約2.8kmの区間と相模原線の調布駅~京王多摩川駅間約0.9kmの区間を地下化することにより、18箇所の踏切道を解消するとともに8箇所の都市計画道路を立体化するものです。
また、これにより国領駅・布田駅・調布駅は地下駅となります。

連続立体交差事業は「東京都が事業主体」となり、「道路の整備」の一環として国土交通省の国庫補助により都市計画事業として施行するものです。

1.事業区間
京王線:柴崎駅~西調布駅間
相模原線:調布駅~京王多摩川駅間

2.延長
約3.7km

3.工事期間
2003年度~2014年度

4.構造形式
地下方式

5.駅施設
国領駅、布田駅及び調布駅
(1)ホーム延長:各210m
(2)ホーム幅員:各4.0m~約13.0m
(3)各ホームにエレベーター・エスカレーターを設置

京王線ウェブサイトより


国領駅の工事


調布駅付近連続立体交差事業は2003年から始まったとされています。実際に仮説駅舎を建設し、シールドマシンを使ってトンネルを掘り始めたのは2007年頃だと記憶しています。こちらは私の記録(記憶)を基に振り返ってみたいと思います。

私は2005年4月に国領の住民となりました。新宿までのアクセスは京王線で一本。都心からの適度な距離と、普段着でも気兼ねなく外出できる街の雰囲気、そして遠出しなくても日常で必要なものは駅前で揃えられるところが気に入っていました。
そうは言っても、私が住み始めた国領は京王線地下化以外の再開発がひと通り済んだ段階で、南口はショッピング施設が完成し、北口は公共施設や飲食店、医院などを含む大規模マンションの建設が完成していました。
国領出身の芸能人である高田純次さんによると、国領はもはや彼の知っている町ではないほど様変わりしてしまっているそうです。

当時の国領駅は、改札は地下にありました。北口と南口に地下を通る自由通路があって、改札を通って地上の対面式ホームから電車に乗るようになっていました。電車を利用する分には何一つ不自由はありませんでしたが、駅近くの狛江通りの踏切は慢性的に渋滞が起こっていました。国領駅は各駅停車しか止まりませんが、国領駅の止まらない特急、準特急、急行、快速とも当然この踏切を通過していきます。

その数1時間に約20本。ラッシュ時ならほぼ閉まっている計算です。
これだけ閉まっていては、線路の南北はほぼ遮断されてしまいます。実際に国領に住んでみて、これだけ南北が遮断されていることの損失の大きさを肌で感じました。

国領駅の地下化の工事が本格的になったのは2007年頃だと記憶しています。3月に地下駅舎が廃止され、地上の仮設駅舎が完成しました。

IMG_0129.jpg

写真は、地下化前の最終日(2012年8月18日)の国領駅(北口)の入口です。
翌2008年3月にはこれまでの対面式ホームから島式ホームに変わりました。
この頃、線路北側の狛江通りと交差する部分にトンネルを掘るシールドマシンの基地が建設されました。その直後に事件が起こったのです。

不発弾が見つかる!


2008年3月27日、都内での仕事の打合せに向かうために国領駅に着いた妻を襲ったのは「京王線緊急運休」の知らせでした。大体運休の場合は人身事故や信号機故障など事故の場所や原因まで知らされることが多いのですが、この日は、運休の理由は一切知らされなかったそうです。それもそのはずです、「不発弾が見つかった」などとアナウンスすれば、それこそ他の事由など比べ物にならないほどの大パニックになったでしょう。当時は原因が分からない、復旧の目途が立たない様子にいら立っていた方も多かったそうですが、敢えてだんまりを決め込んだ駅員さん、立派だったと思います。

後にはっきりしたのは、京王線運休の理由は、シールドマシン基地付近で見つかった、先の戦争で米軍機B29が投下したと思われる500キロ爆弾の不発弾でした。万一爆発すれば半径数百メートルのものは木端微塵になるそうなので、5月18日(日)に近隣住民を避難させて、撤去作業を行うことになりました。
下の写真はその時各家庭に配布された書類です。

不発弾1
不発弾2
不発弾3

5月18日(日)、私たちは外出の予定を入れていましたが、近隣住民を避難させ、道路、線路を封鎖して不発弾の撤去が行われました。事前に調布市の職員の方が自宅を訪問し不発弾処理の手順について説明を受けました。また当日も、避難を呼びかける個別訪問を行っていました。
不発弾は何事もなく処理されましたが、避難先の体育館では炊き出しが出されるので、不謹慎ではありますが、ちょっとしたお祭りのような雰囲気だったそうです。

調布駅付近連続立体交差事業はこのように紆余曲折を経て、トンネルを掘り、レールを敷き、駅を整備し、切替工事を行って完了したのです。

次号は、2008年以降の様子と切替工事の風景を報告できればと思います。




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