知っとっけ?ブログ 経済

「平成三十年」~時代のうねりと、堺屋太一氏の近未来予測


2002年(平成14年)、堺屋太一氏の著した「平成三十年」は日本が直面する近未来を鮮やかに描いたベストセラーとなりました。あれから、16年。現実の平成三十年は、あっと言う間にやってきました。当時から確実に問題になることが分かっていた少子高齢化社会の到来、それに伴う労働力の不足と市場の縮小。世界のパワーバランスの変化に伴う国際化社会における日本の立場など、バブル崩壊後の「失われた20年」の真っ最中に書かれた小説ゆえに、日本の明るい未来を想像することなど難しかったに違いありません。

当時、「平成三十年」が描いた近未来は、その描写が余りにリアルすぎたがゆえに、これが我々が辿る道なのかと半ば絶望感に駆られたものでした。この未来予想図は、必ずしも的中してるわけではありませんが、概ねその通りに現実が推移しているところに堺屋氏の経済学者としての力量を垣間見ることができます。

副題に「何もしなかった日本」とあるように、平成三十年を迎えた今も変わっていないのが永田町と霞が関であることは「さすが」と言わざるを得ません。この間に一度政権交代があったものの、基本的には変わらない、変えるのが極めて難しい権威であり、伝統であり、集合体であると言えるのかも知れません。

ただ、実際に平成三十年を迎え、少子高齢化など基本的に直面している問題には変わりはないものの、経済状況などを鑑みても、思ったほど悲観的ではないように思えます。今でこそオリンピックと言う目標があるものの、その後のことを考えるとゾクゾクしますし、景気だけは、予測不可能な要素が多いので一概に断定はできませんが、堺屋氏が予測した近未来よりも、実際の方が好転していると信じたいと思っています。

早くも半月が過ぎた平成三十年。来年には今上天皇が譲位され、平成の時代が終わりを告げます。世界を席巻すると恐れられたジャパン・アズ・ナンバーワンの時代から、バブル崩壊後の大凋落と、ふり幅の大きな激動の時代。陛下の譲位は粛々と進められ、何事もなかったかのように新しい元号がスタートすると思われますが、平成の30年間は日本の国の在りようについて真剣に考える機会を与えてくれた貴重な時代として記憶されることでしょう。

平成の終わりと東京オリンピック…。日本にとってここ数年は、様々な意味で大きなうねりが生まれる時代になるように思えます。庶民としては今日明日を懸命に生きることだけですが、この時代の大きな節目に立ち得ることを誇りに、日々を送りたいと思っています。








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【働き方改革】時短だけでは実現しない!


「長時間労働の抑制」「柔軟な働き方の実現」を旗印に推進されている働き方改革。人口減少時代の到来に即した新しい働き方の実現によって国力の維持を図るという壮大な取り組みは、多くの問題を孕みながらも着々と歩みを進めているように思われます。

しかしながら、これまで善しとされていた労働慣行から脱却できない人にとっては一連の働き方改革は甚だ迷惑な話で、彼らがその抵抗勢力になって事実は否めません。経営陣にとっても「とは言ってもね~」というのが本音のところで、働き方改革など対岸の火事と思っているのが実情でしょう。

まるで家であるかのように会社に入り浸って仕事をするのは、会社への忠誠心と言う側面で見れば満点以上でも、業務効率の面で見れば落第であることは科学的にも明らかにされていることで、もはや長時間労働が武勇伝になる時代ではないことは明確です。手厳し言い方をすれば諸先輩方が丸一日かけていた仕事の多くは、PCやタブレットを使えば数時間、ともすれば数分で済む仕事だったりするのです。諸先輩方の積み重ねた苦労は貴重であり、会社にとっては掛け替えのない財産ではありますが、現在の尺度で見れば膨大なムダを孕んでいることは認めざるを得ません。

残業
残業 / sayot


各企業が推進している「働き方改革」は、まずは労働時間の短縮から始まっています。半ば強制的に労働時間を制限することで、業務効率化への意識が高まり結果として生産性が高まるという目論見です。

労働時間に含まれない通勤時間や移動にかかる時間とコスト、会議のためにわざわざ集まる時間とコストはテレワークが解決します。通信設備が整っていればSkypeで臨場感ある会議が成立しますし、資料の授受もわざわざ出力するまでもありません。
集まって会議をすることの大切さは否定できませんが、そのうちの数回をSkype会議にするだけでも時間とコストの圧縮は膨大なものになるはずです。

また決裁を取るために要するフロー、決裁者の順番待ちなどの時間はそれこそ短縮すべきでしょう。
そして何といっても、削減の余地があるのは、入力作業などの単純作業です。単純作業も大事な業務ですが、人を介するがゆえにミスが起きるリスクもあり、時期によっては人手が余ったり足りなかったりと、「代わりのいる仕事」ですが、意外と手を焼いているのが実情です。今やパソコン作業はRPAでロボットに代行させることができる時代。その気になれば、単純作業はロボットにやらせることができるのです。
これだけでも、労働時間はかなり減らせると思います。RPAの場合は、「単純作業しかできない人には仕事がない」というメッセージにもなりそれはそれで恐ろしくもあるのですが…

しかしながら、本当に無駄は別のところにあると思うのです。業務効率化もICTの力によってかなり進めることができますし、PCのショートカットキーを覚えて、数秒時間を短縮するのも業務効率化への並々ならぬ努力でしょう。でも、本当の意味での業務効率化は関わる人の意識改革なくしてはあり得ないのです。

ひとつのプロジェクトを推進する場合、それを長引かせる原因の多くは手戻りによる二度手間三度手間の発生による業務の遅延とメンバーの疲弊です。突然の仕様変更や手戻りは、いい意味で捉えれば「いいものを作ろうという姿勢の現れ」ですが、その多くは、事前のきちんと詰めていれば防げるものばかりで、現実には思い付きによって現場を振り回しているに過ぎないのです。

フルパワーで仕上げたものが、「やっぱりこうする~」と戻されたら、現場は疲弊しストレスを貯めこむことでしょう。「言うのは簡単」、言われた方は、ゴールの見えないデスマーチを繰り広げることになるのです。

そういった状況であるにも関わらず、残業規制の煽りをうけて、PCの電源停止、全館消灯といった措置がとられると、「間に合わない」自体が起こるのです。しかし、業務効率化で何とかしろというのが上からの命で、ますます追い込まれるのは現場という悪循環が生まれるのです。

これは、単なる一例に過ぎませんが、働き方改革を実現に導く労働時間の抑制は、ICTを最大限利用したり、小手先のテクニックだけでなく、働く人たちの意識改革が最重要であると日ごろ感じている次第です。働き方改革は「時短」だけでは実現しないのです。








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【所感】会社2・8の法則はきっと真理



2・8(にっぱち)の法則は、様々な局面で語られますが、こと会社組織に当てはめていえば、会社の発展に寄与している優れた社員が2割、残りは大勢に影響を及ぼさないもしくは、「使えない」社員が8割いることを指します。

使える社員が2割と言うのは心許ないと、スペックの高い社員を多数雇っても、雇った社員が思いのほか使えなかったり、これまで2割の側にいた社員がスポイルされたりと結局は2・8に落ち着くというのです。
優秀な社員が流出してしまっても、かつて8割の中にいた社員が育って結局は2・8に落ち着くというから不思議な話です。

この2・8の法則は恐らく科学的には実証されていないでしょうが、多くの人が感覚として実感していることです。一流と呼ばれるハードルの高い企業で相当な競争率を勝ち抜いた精鋭たちもいざ入社してしまえば2・8の法則に当てはまるように、使える人材と使えない人材とに分かれていくのです。

理想を言えば、社員全員が精鋭で、それぞれが局面を打開する力を持っている状態が理想でしょう。例えばV9時代の巨人軍や80~90年代初頭の西武など、個の力がチームの勝利という目標に向かって最適化されている状態は、無敵と言えるでしょう。しかしながら、会社組織は、利益を出すという目標の前に、部署ごとに与えられた役割も千差万別であるがゆえに、部署ごとの都合や論理が働いてしまう点においてスポーツチームとは異なる事情を抱えてます。

それぞれの部署の都合を強く主張してしまうと自部署は良くても他部署と軋轢を生む結果となりますし、あまり主張しないと自部署の不平不満を抑えることができません。本当は会社の成長を願いひいては自身の生活を豊かにしたい強烈な希望があるはずなのに、実際やっていることは「足の引っ張り合い」という笑うに笑えない事態が発生しているのが会社組織なのです。

こうした様々な思惑が複雑に絡み合っている中で、構成員全員が使命感に燃えた精鋭で、成長志向でかつ常に問題意識を持ち解決に全力を傾ける人材ならば、経営陣にとってこれほど「めんどうくさい」ことはありません。ただでさえ、部署の主張を押さえ、調整する立場の経営陣としては、相手の能力が高いとだましてすかして言い含めることができません。構成員の能力が高いことが却って会社の連帯を乱すことにもなりかねないのです。本音は、会社を牛耳っている人たちの立場が怪しくなる…というのが大きいですが。

その意味で、多くの経営者が口にする「優秀な人材が欲しい」というのは、あくまで8割の人の中で代替が利く業務の精度の高い人であって、決して2割の会社を動かす人材ではないことが多いのです。不思議と会社組織にも当てはまる2・8の法則は自然にそうなっているふしもありますが、実際は、経営陣がそうなるように望んでいるとも言えるでしょう。実際優秀な人材が2割を超えてしまうと、既得権のある人の地位が脅かされることになるのです。

これまで述べてきた2・8の法則。大企業になるとその2割の人材の優秀さが抜きんでていることが多いように思えます。言い換えれば会社を支えている2割の人たちの質が会社の規模や社会貢献度に繋がっているのです。大企業なら、その2割の人間の貢献度が絶大であることはいうまでもなく、定年まで役付きになれない社員でさえも場合によっては中小企業の役員以上の賃金が保障され、消化できないほどの休暇のある生活を送ることができます。きっと彼らが2割の人に養われていることなどつゆとも思いはしないでしょうかれど…。

2割の人材になりたいのか、それとも8割の衆の一人で甘んじるのか。まずは自分がどちら側にいるのかを自覚することから始まると思います。自分は食わせている人材なのか、食わせてもらっている人材なのか?その見極めから成長は始まるのではないでしょうか。







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会社と社員の「親孝行」について考える



誰しもが実感することですが、時を重ねるごとに、年数が過ぎるのが速く感じられるようになり、40代になって肉体的な衰えを多少感じるようになってきました。社会人としては、まだまだ働き盛り。気力体力共に衰え知らずと言いたいところですが、これからは心身の好不調とも折り合いを付けながら生きていかなければなりません。

自身の加齢とともに、当然にことながら親も年を重ねます。親元を離れ、帰省するのが年に数回となるとなおさら実感します。これまで育ててくれた恩に応えようとはしますが、何だか何もできないまま今になってしまったような気がします。これまで遠い日のことのように思っていた「孝行のしたい時分に親はなし」という諺のようにならぬよう、その恩に報いることができればと思っています。

ただ、ひとえに「親孝行」と言っても表現はひとぞれぞれだと思います。資金力があれば旅をプレゼントしたり、欲しがっていたものをプレゼントするのも親孝行でしょう。金銭的に余裕がなければ、まめに連絡するのも親孝行の形であると思います。そして、親元が近ければこまめに顔を出したり、年老いて単独の生活が難しければ介護するのも立派な親孝行だと思います。もっとも大事なのは、立派に成長して親御さんを安心させることに尽きるのかなと思います。金品でも嬉しいことには変わりありませんが、それは二の次のように思えます。

このテーマに触れようと思ったのは、週刊ダイヤモンドの記事で、「親孝行」を社員に義務づけると会社が好業績になる?というのを見つけたからです。

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この記事では、ばんどう太郎グループとフジ住宅が社員に「親孝行」を義務付け、結果的に会社の業績向上に一役買っているという話題です。経営者自身が「孝行のしたい時分に親はなし」を痛感しているがゆえのアイデアであり、親に対する感謝の念は仕事にも相通ずるという信念には深い共感を覚えます。多くの人は、親に感謝していることには間違いありません。しかし、その思いを素直に伝える機会のないまま、時が経ってしまう場合がほとんどで、後悔の念を抱いてる人も少なくありません。だからこそ会社が強制してでも親孝行をしろ、という施策は、社員が拒否しない限りは非常に面白いものだと思っています。


会社が強制する「親孝行」の勘違い


「そうか、親孝行は素晴らしい。業績も上がるのか。では我が社でも…」という経営者もいるかも知れません。某社の親孝行実践を取り入れることは大いに結構です。
しかし、初任給で親にプレゼントを買うことを義務付けても、会社の負担で旅行をプレゼントしても、そのこと自体に親は悪い気はしません。最も大事なのは、会社の業績が安定し、子供が社会人として成長し、経済的にも自立した立派な人間になることであって、それらが伴っていなければ、単なる会社の点数稼ぎだと思われても仕方がないのです。

例えば会社による新入社員の親孝行実践は、親は最初から会社の強制であることは百も承知であり、それでも、子供が形だけでも親孝行をしてくれることに喜びを覚えます。そしてたとえそれが強制によるものだとしてもそれを強制してくれた会社に感謝するでしょう。「我が子を預けてよかった」と思われるかも知れません。しかし、入社から年数が経ち、「会社の業績が悪い」「給料が上がらない」「毎日帰りが遅い」となると、本人だけでなく、親御さんまでもは「騙された」と思ってしまうのではないでしょうか。

どの会社でもそうですが、意気揚々と決意と夢を語る新入社員や、親御さんがあんなに会社に感謝していた社員が、気付いたらいなくなっているなんてことはありませんか?原因は、先に述べた「騙されていた」ように思う、つまり魔法が解けたことに気付いたからではないでしょうか。

何度も言いますが、親御さんが望むのは、子供が立派な社会人として自立することです。子供に親孝行を強制して一時的には会社に感謝してくれるかも知れませんが、そんな浅はかな下心はたちどころに見抜かれてしまうと思います。
「親孝行」の奨励はとても素晴らしいことですが、そこに虚栄心や下心があってはならないのです。






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「過去最高益」、あんまり燥ぐともっと厳しい冬が来る


近年はその勢いに陰りが見えるものの、アベノミクスは一定の成果を出していると思えます。企業の業績は改善し、雇用状況も一時と比べると随分と好転しているように思えます。もちろん突っ込みどころは満載ですし、万人を満足させる景気対策などできるはずもありません。近年の景気回復を実感できるのはまだまだ一部の大企業にとどまり、中小企業は依然厳しい経営環境に置かれていることがほとんどですし、雇用状況も非正規社員の問題など、政治が到底「弱者の見方」にはほど遠いところにいるのも事実です。いずれにせよ、2020年の東京オリンピックなどの特需があれば別ですが、日本は、人口減少時代が本格的となった昨今、このままでは徐々に国力は低下していくというのが避けられない未来であり、それを阻止する方策や、現実に訪れた際の準備を進めなければならない時代に差し掛かっています。ですから、ちょっと良くなった、ちょっと悪くなったで騒いでいる暇はないのです。

さて、このご時世にあっても、業績を伸ばしている元気な企業がある一方で、ちょっと前に「過去最高益」と鼻息を荒くしていた企業が非常に厳しい経営状態にある話も少なからず聞かれます。少し前なら2009年の日本綜合地所、昨年の第一中央汽船など少し前に勢いづいていた企業の倒産劇が挙げられます。

Office wallpaper
Office wallpaper / dan taylor


創業以来、常に増収増益を続けている企業であれば毎年が「過去最高益」ですから、それ自体に大きな意味はありません。それ自体が会社の至上命題であり、当たり前のように受け入れられているからです。成長し続けられる会社は、勢いのある時に問題を解決し、「もしも」のときの傷を最小限に抑え、成長を志向します。「いい時にこそ膿を出せる」ことが企業成長の大きな要因であると考えられます。

しかし、多くの企業は良い時もあり、悪い時もあります。それは、いくらシステムが整おうと企業経営が「人」によって行われる限り、成功もすれば失敗もする、ミスもすれば運やタイミングも業績大きく左右するのが世の常です。
大事なのは、「過去最高益を記録したあとに何をしたか」ということなのではないでしょうか。

プロ野球のストーブリーグで専ら話題となる「補強」など会社がしてくれるわけでもなく、お金がない、人がいないなど「ないない状態」で、かつ最高でも現有勢力での戦いを強いられる中、業績を出し続けるのは並大抵のことではありません。こうした環境で働けば、根性だけでなく問題解決能力など様々なスキルが身に付き成長できることは間違いありません。しかし、「心頭滅却すれば火もまた涼し」的な精神論だけではいずれ崩壊します。そもそも、こうした「無理」は短期間ならば効果があるかも知れませんが、永続的に続けることなど到底不可能なのです。

こうした社員たちの努力が実った結果の「過去最高益」であった場合、経営陣がまずやらなければならないのは、正当なる評価と労働環境の整備です。「過去最高益」の原動力となった「無理」にメスを入れ、待遇なり人員なりで補って、その勢いを持続させる…成長企業にあるように、勢いがある時に問題を解決することが求められるのです。

しかしながら、「過去最高益」の陰に隠れた社員の苦労は経営陣には見えているでしょうか。無論、会社の方向性にいち社員が口を挟むことなどできませんが、「過去最高益」に燥ぐあまりにその内実に目を背け、「新規事業だ!」と鼻息を荒くしてしまうところに落とし穴があります。もし、「過去最高益」を出すために生じた「無理」が幾ばくも改善されていないならば、同じように「過去最高益」を出すだけのハッスルが期待できるとは限らないのです。

経済学者の誰一人として経済予測を当てられないのと同様に、経営判断は非常に難しいものです。社員にとって攻め時、守り時の判断は経営陣に委ねるほかなく、その責任を背負っているからこそ経営者は尊敬を集めるのです。しかしながら、その「攻め時」の判断を間違ったとき、現場に大きな負担と澱んだ空気をもたらしてしまうことは肝に銘じるべきだと思います。

様々なことを犠牲にし、業績向上に貢献した社員たちへ労いの言葉をかけたり、表彰するなどといった報いは決して悪い気はしませんが、翌日から戻った現場には何も変わっていない日常が待っていたとしたら遠からず仕事の質は低下していくことでしょう。
経営陣が「さあ攻めるぞ!」と鼻息を荒くしても、現場にはそんな力は残されていなかったなどということは良くある話です。まるで大戦末期の日本軍のように…。

現場は、こうした「報われない日々」を過ごすことによって、「分かっていても体が動かない」悪循環に陥っていくのです。冒頭に挙げた2社は少なくとも経営陣と現場の温度差が倒産の一要因となったことは確かです。
「過去最高益」は、企業にとってはこの上ない褒め言葉かもしれません。しかし、この実績への固執が倒産リスクを高める可能性があることを肝に銘じるべきなのです。






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東京都在住・現在40歳
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