知っとっけ?ブログ 【6.16試合中止】中止の判断は難しい~We☆YOKOHAMA DAY

【6.16試合中止】中止の判断は難しい~We☆YOKOHAMA DAY


ファンの心を揺さぶる様々なイベントを実施している横浜DeNAベイスターズ。5、6月に実施されたイベントは「We☆YOKOHAMA DAY」。選手たちがかつての横浜大洋ホエールズ時代のユニフォームを着て試合をするオールドファンには感涙モノのイベントです。白と濃紺のシンプルなデザインのユニフォームは現代に甦ると却って新鮮に映るから不思議です。この時代ホームのユニフォームに刻印された文字は球団名が常識。しかし、横浜大洋は、敢えてYOKOHAMAと地域名を採用しました。

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大洋ホエールズが横浜スタジアムの完成を機に川崎から移転した1978年、今でこそ古い、狭いと悪評高い横浜スタジアムも当時は珍しい人工芝と電光掲示板が採用され、マリンシートが稼働しアリーナにもなる日本初の多目的スタジアムとして注目を集めていました。横浜のYを象った照明に緑色の人工芝が生えるオレンジのシート、そして、最大で4メートルある外野フェンスによって「日本一ホームランの出にくい球場」と言われていたこともありました。

この時代の横浜大洋ホエールズ、DeNAは栄光とかレジェンド扱いしてくれますが、何かと話題は提供するものの相変わらず弱いチーム。横浜大洋ホエールズが優勝の美酒に酔うことはありませんでした。横浜スタジアムのダイヤモンドを駆け抜けたクジラたちは優勝を味わうことなく、優勝できなかったことを選手時代の最大の未練と言い残してユニフォームを脱ぎました。

私は、そんな横浜大洋ホエールズを応援し続けた少年の一人でした。ちょうど父の仕事の関係で物心のつく78~82年まで横浜にある社宅に住んでいましたのがこのチームと運命的な出会いをした最大の理由でしょう。この期間、母親に連れられて関内駅に行き、仕事帰りの父親と合流。横浜スタジアムで試合を観た体験は今でも忘れられない思い出です。しかし、勝った記憶はほとんどありませんが…。

それから、私たち家族は父の転勤で横浜を離れました。当時は地方だとどうしても情報がないためか、大部分の人たちが巨人軍のファン。テレビでも基本的に巨人戦のみしか放送がなく、大洋ファンなど天然記念物のような存在で肩身の狭い思いをしていました。今の時代はプロ野球も様々な地方に根差しているのでそうでもないかも知れませんが当時地方は巨人一辺倒。小学生のようにまだ多様な価値観を受け容れられない時代は、私のような大洋ファンなどさぞかし異端に映ったことでしょう。地方在住で、来る日も負け続けるホエールズを応援し続けるのは今思うとどう考えても困難を伴うはずですが、それが却って意地を張ることに繋がり、今に至っています。今のようにインターネットない時代、大洋などというマイナーな球団の試合結果は子どもにとっては夜遅いスポーツニュースを待つほかありませんでした。しかし、眠い目をこすって起きていたにも拘らず、「そのほかの結果はご覧のとおりです」とテロップのみという悲しみを味わうことも少なくありませんでした。そんな少年時代は、私の人格形成に大きな影響を及ぼしたことは間違いなく、反骨心は人一倍強いけれども、今一つ勝ちきれず、残酷な現実さえもときに受け入れてしまうところは、当時のホエールズそのもののような気がします。

そんな、悲喜交々の思いが去来する横浜大洋ホエールズを思い起こさせる「We☆YOKOHAMA DAY」。私はこの日のために、休暇を取り、この一日を思い出深い日にするべく、昼間は中華街を観光し、夕方から球場に足を運び、横浜大洋ホエールズのユニフォームを着て躍動する選手たちを見るのを楽しみにしていました。

「試合中止」の残酷な知らせ。しかし、天気はさほど悪くない


ただ心配と言えば天気予報が思わしくないことでした。しかし、これまでも多少の雨では試合をしてきましたし、選手と共にずぶ濡れになって応援したことも一度や二度ではありませんでしたので、きっと大丈夫だろうと思っていましたが、中華街から元町に足を延ばした私たちに届いたメールは無情にも「試合中止」の知らせでした。

予報は雨だけれども、時折日差しがあるほどの天気。この決定の意味が分からず、とりあえず横浜スタジアムに足を運びました。

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やはり球場にも試合中止の立札が。早い時間だからかあまり多くはないけれども試合中止の事実が受け入れられず看板の前に呆然と立ち作る人もいました。係員に聞くと「これから天気が崩れますので…」と罰が悪そう。グラウンドレベルでは日本ハムの選手が普通にアップをしていました。当然のことながら試合中止の決定は揺るがず、ベイスターズの選手は休養日となって早々に解散したのだそうです。

この日の夜は、雨は降ったものの試合中止になるほどのものではなく、お隣の神宮球場では普通に試合が行われました。今思うと、この中止の決断は何だったのかと疑問に思わざるを得ません。その証拠に、チームは5連敗中。4月に逆戻りです。

これは私の考えですが、地元の人ならともかく、プロ野球観戦など多くに人が年に数回の一大イベント。子供にとってはこの試合を観た思い出が原体験となって将来の球児となっていくのです。中にはずっと前からこの日のために休みをとったり休みが取れるよう手配した人も少なくないと思います。ましてや、この日はWe☆YOKOHAMA DAY、少年時代の思い出を胸にこの日を楽しみにしていた人もいたことでしょう。球団にとっては144試合の中の1試合かも知れませんが、この日のために多くのエネルギーを割いていた人がいたことも事実です。ですので、中止の決断はちょっと早まったと言わざるを得ません。このイベントは20日(月)に振替だそうですが、そう簡単には休みは取れませんので、私は諦めざるを得ませんでした。今更文句を言うのも何ですが、残念な日となってしまいました。

唯一の救いは松原誠選手のサイン会


せっかくの試合が中止となった失意のファンにとって唯一の救いはミスターホエールズにして、球団最初の2000本安打達成者である松原誠選手のサイン会が開かれたことでした。

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スコアボードの位置にあるグッズショップ前に松原選手が登場。齢70越えですが、元気で若々しく、ファンに笑顔を振りまいてくださいました。何だかんだ言って弱小チームでしたから、押すな押すなとサイン会ではなく、本当にホエールズ、ベイスターズを愛する人たちが集ったささやかなものでしたが、かつてタコ足と呼ばれた松原選手に憧れたかつての少年、レジェンドと呼ばれる選手に敬意を表して現れた新しいファンたち、終始和やかな空気で30分ばかりのサイン会は幕を閉じました。

横浜大洋ホエールズにまつわるイベントは、これからも時々あるとは思いますが、今年のイベントは20日の振替試合が最後。行けないのは残念ですがせいぜいテレビで楽しもうと思います。








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